第1話:人見知り克服大作戦

 あるところに、有名な中華飯店があった。その名も中華飯店ユー・リン・チー。ユー・リン・チーとは、お店を切り彫りする三姉妹の名前から取った名だ。長女ユーは、二十二歳で大学を卒業してから、両親の後継ぎとして、店長兼ホールを担当している。次女のリンは、十八歳で、まだ高校三年生。キッチン担当。そして、三女のチーは十二歳。まだ小学生だが大道芸を得意として、待機で並んでいるお客を飽きさせないように、披露する役目を果たしている。こうして、三姉妹の活躍がたちまち有名になり、お店は定休日である火曜日と第二水曜日以外の日は行列ができていた。

 しかし、毎日ウハウハしているわけでもない。問題も抱えていた。

「うう……」

 開店三十分前。ユーがキッチンでうずくまっていた。

「はあ……。お姉ちゃん、いっつもいっつもうずくまるのやめて?」

 リンが呆れている。

「だってだって! またお客さんの相手をせにゃならんのかと思うと緊張でお腹が苦しくなってくるアル……」

「あのねえ。お姉ちゃん、もうここ継いでいくつになるの?」

「イー、アル、サー……」

 指折り数えて、

「いやいや。カレンダー見りゃわかるでしょ」

 リンがカレンダーを見せた。

「もう半年経つの! なのに、どうしていまだに緊張するの? ホール担当を半年もしてるんだよ?」

「ユーは緊張しいアル……」

「ふてくされないでよ」

「リンがやればいいじゃん」

「父さんと母さんが出張で中国に戻る時に、喜んでホールやるって言ったのは、お姉ちゃんでしょ!」

 リンがムッとして答えた。

「まさか、あんなに人が来るなんて思ってなかったアル。もう毎日毎日、いや火曜日と第二水曜日以外に人前に出るのはいやアル~」

 ユーは嘆き、頭を抱えた。

「どうしたもんじゃろのう……」

 リンも額に手を押さえた。

「ユーお姉ちゃん、リンお姉ちゃん」

 チーが玉乗りしながら、キッチンにやってきた。

「お客さん、もう来てるです。準備万端ですか?」

「チーちゃん。ユーお姉ちゃんを励まして?」

「御意!」

 リンに頼まれ、敬礼した。

「ユーお姉ちゃん!」

 チーは、ユーの髪を掴み、思いっきり引っ張った。

「いたたた!」

「ち、ちょおい! なにしてんの!」

 リンがチーを離した。

「え、だって"ハゲ増して"って……」

「だから髪を抜こうと思ったの?」

 リンがユーを向くと、

「……」

 ユーがさらに体を丸めて落ち込んだ。

「あーもう開店時間だ! お姉ちゃん、為せば成る。ほら、行くよ!」

 無理やりユーを立たせた。

「い、いらっしゃいませ~」

 ユーは、無理やり笑顔を見せて、注文に伺った。

「チャーハン一つ、塩ラーメン並みと大盛り一つずつで、それから餃子ね」

「は、はい。ええっと……」

 メモ帳を片手に、固まるユー。

「ん?」

 首を傾げるお客。

「あ、あーか、かしこかしこまりました!」

「すいませーん!」

 別のお客の声が遠くから聞こえてきた。

「すいませーん」

「こっちもー」

「おなしゃーす」

 あちこちから声が聞こえてきた。

「た、ただいまお待ちくださーい!」

 ユーは足早に向かった。


 十四時から四時まではお店を閉めることになっている。

「お姉ちゃん! 注文を間違えるってどういうことなのっ?」

 リンが怒っている。

「とほほ……」

「しょげてないで、理由を言ってよ! こんなこと初めてなんだかんね!」

「リンお姉ちゃん、ドードーです」

 チーがなだめた。

「チーちゃん、そんな言葉どこで覚えたの!」

「もうたくさんアル!」

 ユーがテーブルをバンと叩いた。

「へっ?」

 驚くリンとチー。

「ユーはこれまで半年間、憧れだった母さんみたいになりたくて、接客してきたけど、自分には合わないネ。こんなとこにはいれないアル。ユーは、別の道を歩むヨ!」

「ちょ、お姉ちゃん急にそんなこと言われても……」

「大丈夫アル。リンとチーちゃんのために、お母さんたちお金残してくれたネ。ユーはこれから別の道で生きていくから、心配しないでもいいヨ。じゃあね」

 と言って、ユーは背中に風呂敷を背負って、お店を出ていってしまった。

「ユーお姉ちゃん……」

 チーが悲し気な表情をした。

「大丈夫。どうせお姉ちゃんのことよ、短時間で戻ってくるわ」

 リンは、食器洗いを始めた。


 一方その頃ユーは。

「きひひ。リンめ、あいつすぐ戻ってくると思ってるでしょ? ところがどっこい、今回はそうはいかんヨ! ユーは本気で新しい道を歩んでいくアルのだ! あーはっはっは!」

 大笑いしたユーを見つめる人々。ユーは顔を赤くして、サッとその場を離れた。

「ま、まあとは言うものの。なにをしようか決めずに勢いよく出たのはまずかったかなあ?」

 風呂敷の重みに耐えきれず、その場に置いた。

「でもでも。お母さんだって家出少女して、カンフー修行の旅をしているところに漁師のお父さんと出会って、今の中華飯店を開いたって聞いたし。ユーだって、なにか見つかるはずヨ!」

 鼻息をフンと鳴らした。

「そうと決まれば、夢探しを……」

 振り向くと、風呂敷がなくなっていた。

「あれ?」

 振り返った先で、風呂敷を積んで走っている軽トラが見えた。

「ユーの荷物うううう!!」

 慌てて追いかけた。

「あんちくしょう! 帰る場所がない時のために用意した御座と毛布と缶詰とジュースと着替えとその他貴重品が入った風呂敷を~!」

 走って追いかけた。しかし、軽トラには追い付かなかった。

「はあはあ……」

 息を切らした。

「こんなに走ったの……。久しぶり……」

 そして、

「こんな鬱蒼とした森に来るのも、久しぶり……」

 気づけば、森で迷子になっていた。

「う、うう……」

 あたりを見渡しても、あるのは木々。そして、聞こえるのは木の葉の触れる音。

「帰りたいアル……」

 頭を抱えた。その時、ガサガサと茂みから大きな音がした。

「ひいい!」

 腰を抜かし、震えた。

「たた、食べてもユーはおいしくないですヨ~!」

 涙目で震え声を上げた。

「よっ」

 中から、リンとチーが出てきた。

「やっぱ心配になって、ついてきたんだよ」

「リンお姉ちゃん。ユーお姉ちゃん、白目向いて倒れたよ?」

「ほんとだ。ったく、怖がりなのも昔から治らないのよねえ」


 三人で中華飯店に戻ってきた。夜からは、臨時休業にした。

「荷物よかったアル。盗まれたものもなかったし、でも、田んぼに放られて、ぐしょぐしょアル……」

「で、お姉ちゃん。なにか見つけられたの? 新しいところは」

 頬杖してニコニコしながら聞くリン。

「見つけたです?」

 チーが真似をした。

「え、ええ? ユーはまだ若いのでこれからなのヨ?」

「なんで目をそらすの?」

 頬杖したままユーをにらむ。

「です?」

 チーが真似をする。

「えっとその……」

「わかった、風呂敷盗まれて、森で迷子になっただけなんでしょ?」

「ぐぬぬ……」

「これは、人見知り克服大作戦といきましょうか!」

「人見知り克服大作戦?」

 チーが首を傾げた。

「お姉ちゃんが接客に苦手意識があるのは、人見知りがあるからなんだよ。だから、その人見知りを克服すれば、ちょっとはマシになるはずだよ」

「そ、そうアルか?」

「うんうん。お姉ちゃん、いっしょにがんばろ?」

「チーも応援するです~」

「あ、ありがと」

「よーし。明日の朝までに作戦考えておくから、今夜はもう寝ましょ!」


 翌朝、開店前。

「お姉ちゃん。今日はこれを着て接客してね」

「な、なにアルかこれ……」

 ユーは、猫耳に下の丈が太ももまで見える短いミニの着物を着用していた。

「あ、それからそれから……」

 ユーの髪形を、ツインテールにした。

「これでよしっと。あとは、ツンデレキャラで接客してね」

「ツ、ツンデレ!? な、なんでユーだけそんなんにならにゃかんのヨ!」

「人見知り克服大作戦一号だから」

「ぐぬぬ……」

 男性客二人が入店。

「き、来てくれてうれしくなんか……ないアルからね!」

「えっ?」

 驚く男性客二人。

「あ、ああえっと! い、いやどこ見てんの変態!」

「お、おお!」

 目を輝かせる男性客二人。

 男性客二人を席へ案内した。

「は、早く注文しなさいアルね」

(慣れねえなこれ)

 心の中でつぶやいた。

「ねえねえ。君、なんて言うの? むちゃくちゃかわいいね」

「うんうん。ていうかここ、中華料理の店って聞いたけど、メイド喫茶も始めたの?」

 男性客二人が質問した。

 ユーは顔を真っ赤にして、

「は、早く注文しなさいアル!」

 叫んだ。

 その後、猫耳のツンデレ店員がいるとして、飯店には男性客が押し入ってきた。

「残したら罰金アルよ?」

「別に、あんたなんかにおいしいなんて言われても、うれしくないアルからね!」

「まあそんなによかったなら、また来れば?」

 ユーもノリノリになっていた。

「いい感じじゃないの~!」

 リンが、札束を数えながら、目を円マークにしていた。

「ユーお姉ちゃん。人見知り治ったですか?」

「うーん。どうアルかねえ?」

「楽しいなら治ってるよ。口コミも評判いいよ」

 リンは、パソコンでお店の口コミを見せた。

「え、これってくちコミって読むの?」

「え、そうだよお姉ちゃん」

「い、今まで"ろこみ"って読んでた……」

「人の名前?」

 リンが笑いをこらえながらつぶやいた。

「ぶったろかおんどりゃ?」

「見てみて。お姉ちゃんたち」

「んー? どうしたのチーちゃん」

 ユーが聞く。

「これ。なんだかあまりよくないコメントです」

 チーが示すコメントには、「今までの飯店じゃなくなったみたいで寂しい」とあった。他にも、同等のコメントが複数存在した。

「……」

 ユーとリンは、それらのコメントを見つめ、お互いの顔も見つめた。

「ほら、店長。これまででも十分だったんだよ」

「へ?」

「お姉ちゃんは緊張しいだから、とにかく必死だったかもしれないけど、まわりはその一生懸命さを認めてくれていたってことだよ」

「そ、そうアル?」

「ツンデレキャラも評判高いけど、でも、今までのあたしたちも好きでいてくれるお客さんたちがいっぱいいたんだね」

「チーは、もっと大道芸でお客さんを喜ばせたいです~!」

 玉の上で逆立ちした。

「あたしも、料理を提供したい。お姉ちゃんは?」

「ユーは……」

 ユーは、両親が中国へ帰る時のことを思い出した。憧れだった母に近づくために、店を継ぐ決心した日のことを。

「ユーだって、次期店長として、がんばるんだからネ!」

 ファイティングポーズを見せた。


 翌日。

「ライラーイ!」

 ツンデレキャラじゃないいつもの格好で、ユーがホールに出ていた。

「あれ? ユーちゃん今日は違うの?」

 男性客がキョトンとしながら聞いた。

「あ、えっと……。あ、あれは期間限定でして、また気が向いたらやると思うアル」

「すいませーん。二人で」

 年老いた夫婦が入ってきた。

「は、はい! こちらの席へどうぞアル!」

 席へ案内した。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 メモ帳を片手に、聞いた。

「そうだな。じゃあ、味噌ラーメンひとつ」

「味噌ラーメンおひとつ」

「私も味噌ラーメンで」

「はいかしこまりましたアル」

「よかったわ、いつものユーちゃんに戻って」

「へ?」

 婦人がほほ笑みを見せた。ユーは少しはにかんだ様子で笑みを見せた。

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