3話 夜


 ───……夜は静かでいい。


 ユウガは心の中でそう呟き、月を見上げる。

 月は太陽の光を反射して、静かに光っている。月明かりが森を照らし、森は静かに揺れて音を立てる。

 ユウガはそれを目を閉じて聞いていた。


 ふとラナの静かな寝息を聞いて、目を少しだけ開く。

 ラナの方を向いて、ため息をつく。

 なんでこんなことに、めんどくさい。と心の中で愚痴を吐きながらも、パチパチといまだ燃えている焚き火を見つめる。


 手を広げて、を手から出す。

 それをひとしきり見つめた後に、焚き火にかざす。

 焚き火に黒い炎がつき、赤色だったはずの炎が黒く染まる。

 それを見て、ユウガは「はっ」と笑う。


 ───……最悪だ、ドラゴンの炎にも勝てちまうのか。


 ユウガは声に出さずに言って、ラナの方を向く。

 ドラゴンの里に向かうと言い出した少女は、寝ている。

 けれども、ユウガが違和感に気づいたのは、彼女が冷や汗を流しているところを目撃したからだ。









 ◇◆◇











「……お父さん、お母さん?」


 私は目の前の2人に言う。

 目の前の2人には、生気が宿っておらず、虚ろな目でこちらを見ていた。

 けれども、私はそれを無視して2人に問いかける。


「ど、どうしてここに? そもそも、なんでこんなことしたの? なんで私なんかを、追放したの!?」


 叫ぶ。段々、語尾が強くなっていく。

 2人は、私の言葉に反応したのか、口を開く。

 次に放たれた言葉は、私を絶望させるには十分で……むしろ、オーバーキルにも程があった。


「ダメな子ね。なんで?」

「きっと、


「……へ…?」


 私は、目の前の2人を見て、1歩下がる。

 後ろからは、たくさんの……知り合いの、ドラゴン族の皆が、村のみんなが、私を見てる。

 私は上手く呼吸が出来なくなっていた。なんで? なんでこんなことになっちゃったの?


「うそ…だよね……? おか、あさん? おと、うさん?」


「黙りなさい」

「お前に生きる価値はないのだ」

「大人しく死ねばよかったものを」

「役立たず」


 お母さんとお父さんだけではない。他のみんなも、私に対してそんな言葉をぶつけてくる。

 私は後ろを振り向いて走る。走って、走って、走って。そして、目の前の崖で立ち止まる。


 呼吸、しなきゃ。

 生きなきゃ。


 私は荒くなった呼吸を正そうとして、それでも、みんなに睨まれ続けて。


「使えないなぁほんっと」

「お前みたいなやつが嫌いなのよ」

「村の役立たず。ゴミめ」

「そんなんだから、みんなに嫌われてるんだよ」

「お前は必要ないんだよ」


 最後のお母さんの言葉。


「産まなきゃ良かった。こんな子」

「ッ!!!!」


 私はその場に蹲る。

 そして、叫んだ。


「違う!! お母さんは!! そんな事言わない!!! 私のお母さんはそんな事絶対言わないもん!!!」


 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

 こんなこと言わない! 私のお母さんは、いつも、笑ってて、私の言葉に耳を傾けてくれて! それで、私のことを愛してくれてた!!

 お前は違う!! お前は、まやかしだ!!


「嘘じゃない」

「黙れ……!」

「お前が心底嫌いだ」

「黙れっ……!!」

「貴様の母は、お前に失望してるのだ」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!! お前は違う! 私のお母さんを、侮辱するな!!」


 私は耳を抑えてそう言う。目の前を見る。そこには……お母さんが立っていた。

 そうだよね、お母さん? わたし……わたし、お母さんのこと……!


「そのまま、地獄に落ちろ」


 私はそれを聞いて、悲鳴にならない叫びを上げた。





◇◆◇







「っ……!!」

「あ?」


 ユウガが立ち上がった時、ラナが起きた。

 ユウガは起きたのか、と声をかけようとした瞬間。


「ぉえっ」

「っ、汚ぇ……」


 ラナがいきなり吐き出した。

 ユウガはそれを見て、顔を顰めて、ラナの方に近づく。

 ラナは、何度も何度も、地面を掻き毟ったかと思うと、ふと……「ごめんなさい」と言い始めた。

 それを見てユウガは、呟いた。


「相当精神でも参ってんのか……」


 ユウガはラナの素性を詳しくは知らない。

 ただ、村から追い出され、そして、殺されそうになっていたということだけを知っていた。

 だからこそ、今回のラナの反応に……少々反応しただけだったのだ。


「チッ……おい、吐くな。食べもんが無駄になるだろ」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ユウガは青筋を浮かべて、ラナの襟首を持って木に投げる。

 ラナは木にぶつかった衝撃で、「ガハッ!」と言って咳き込む。

 ユウガは、ダンっ! とラナの顔の横に蹴りつける。ラナの顔を睨みつける。


「いい加減にしやがれ……吐いて泣いたって、誰も助けには来ねぇんだよ」

「っ……」


 ユウガは睨みつけたまま脚をおろして、バッグを持ち上げる。


「……テメェが動かなきゃ、行けねぇだろうが」


 ラナはユウガの言葉に目を見開く。

 ユウガは舌打ちをした後に、木の上に乗り、辺りを見渡す。

 ふと、ユウガの鼻に潮の匂いがツンっとした。ユウガはそれを感じ取り、海か……と呟く。


「……ユウガは、家族…いるの?」

「あ?」


 降りてきたユウガにラナは問う。

 ユウガは……はっ、と鼻で笑った。


「知らねぇし覚えてねぇ。ましてや、顔すら声すら聞いた事ねぇ」

「……え?」


 ラナはユウガの言葉にそう返した。

 ユウガは海の方向を見て、呟いた。


「人生優しく出来てねぇんだよ……。ドラゴン族の村行くんだろ? その後は海に行く」

「……ついてきて、くれるの……?」

「ゲロ吐いて幻覚見て許しを求めて泣いてるやつをこのまま置いていけるほど俺は畜生じゃねぇよ」


 ユウガはそう呟いて、歩き出す。

 ラナは、その後をゆっくりと立ち上がり、追いかけるのだった。


「チッ、口元拭けよ……」

「……ありがと」

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