第23話 日記

一月 廿日

 今日も何ともない一日であった。とにかく寒い。それに過ぎる。

 


二月 十二日

 胃痛で目覚める。丑三つ時であろうか。七輪を焚いて、湯を沸かした。今でもぱちぱちと炭が鳴っている。白湯を湯気と共に一口飲むと、これまた喉仏まで來ている胃酸が、白湯を押し上げるではないか。

 唾を飲み込む。

 すると、白湯の方が胃酸より强いらしい。戻さずに済んだ。今日はもうこの辺にしておこう。

 


 四月  日

 今日は悲慘な一日であった。

 廊下を歩いていると何やらひそひそとこちらを見、笑っている。そして其いつらは私の目を汚いと言った。何故そのようなことを、簡単に言えるのだろうか。その言葉の意味を知っているのだろうか。それとも言ったって後悔しないような、後も考えないような、計画性のない奴だからだろうか。分からない。理解しようがない。

 しかしこのような言葉は無視しようとして、氣を紛らわせようと小説を手に取っても、なんだか心が痛いのです。好きなことを掻き消すぐらい、言葉は强いのです。

 


 五月 五日

 私はまた目について批判を受けました。この目はどうやら醜いようなのです。私はこの目を嫌いになりました。


 

 七月 八日

 今日は心臓と胃の調子がいつもよりずっと惡いようです。私の命も長くはない。

 私はただ、平穏に暮らしたいだけなのです。ただ、普通に食事をして、ただ、普通に物事を見て。少し嫌なことがあっても、好きな事をすれば、はっと無くなるような、ぼーっと過ごして、キセルの煙と共に消えるような、そんな嫌なことがあっても多少はいいのです。

 腹の底から笑い、幸せなら。

 しかし、どうやらここでは到底出來ないみたいです。


 

 十二月 三十一日

 私は今日、この世を去ろうと思います。どうやら、七輪を焚くとできるらしい。それを実行しようと思う。どうせ、私が死んだって何も変わりはしない。

 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏


 

 一月一日

 生きていた


――――――――――――――――


 六月 三日

 長に雑用を押し付けられた。どうして私がこんな奴を。


 

 七月 九日

 雑用が長に飴を貰っていた。羨ましい。

 


 七月 十一日

 今日の帰り道は幸福であった。雑用とねり飴を食べ、会話をした。いきなりねり飴を突っ込んできたから、少し注意をすると雑用はへそを曲げた。会話はこれくらいしか覚えてないけれど、樂しかった。

 前までは早く帰るのが良いと考えていたが、そうではないみたいだ。早く帰るのもいいけれど、ゆっくり四季を味わいながら、話すのもなかなか良いと知った。


 雑用が私の生活に入ってからというもの、大層賑やかになった。なんだか、長の手の平で踊らされている感じがするが、まぁ踊っていても良いか。

 雑用の顔を見ると、私のこの世から去りたいのを後退りするような、後ろ髪を引かれるような心持ちがする。

 それはいけない。

 情が移らないように、冷たくあしらおう。その方がきっと善いはず。

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仲介 あ行 @kilioishii

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