第19話 人間って

「……あ、そうだった。」

 廊下が抜けている。昨日のまんま、何者かが壊した後が刻々と殘っていた。

 仕方ない。遠回りにはなるが、他の道にへ行こう。

――――――――

「あ、仲介さん。」

「……げっ、なんだ。敬語。」

 こいつに会ってしまった。敬語はにまにまとずっと笑っている。しかし、長のような軽やかさはなかった。

「仲介さん。今日はどんなご予定で?」

「それを聞いて何になる。」

「いいじゃないですか。」

 こいつは裏があって私に話しかけているに違いない。

「取引だよ。取引。」

「あぁ、左様でございますか。」

 そんなかしこまった言葉、どこで覚えた。

「あぁ。そうだよ。」

「あぁ……、」

 仲介さんはそう言い放ち、わたくしを置いて行った。

――――――――

「取引成立ですね。どうも今後ともよろしくお願いいたします。」

 椅子から立ちあがろうとした刹那。

「うっ……。」

 心臓が、

「……はぁ、はぁ。」

――――――――――――

「…………。」

 取引が終わった昼休み。誰もいないしんとした縁側にて、キセルを吹かしていた。

「ふー。」

 煙がもくもくと、夏の太陽のように上がっていく。

 暑い。日陰でもむしむしする。

「…………。」

 雑用や長はなぜそんなにも、私に良くしてくれるのだろうか。こんなちっぽけな存在の私に。 

「なんで……」

 長はこんな私にキセルを贈ってくれた。それと、私を落とした客を殺めた。私はその時、恐怖を覚えた。

「なぜ……なぜ。」

 雑用は昨日だってそうだ。一緒に帰ったし、一緒に寢た。小さな息を立てながらすうすうと寢ていた。

「…………。」

 

 己れが死んだら皆、どう思うだろうか。

 

「なんとも思わないだろうな。」

 今、良くしてくれているのは、自分にとって都合が良いだけだろう。表面上だけ仲良くして、無くなったら無くなったで、「あぁ、こんな奴居たな。」って存在で、期待しただけ落とされるんだ。

「期待しないで。」

 すると、右の方から誰の蔭が迫ってくる。

「…………。」

 一人の時間だったのに。もっと樂しみたかった。

「……、」

 蔭の正体は、敬語だった。しかしまだこちらに氣付いていないようだ。まぁ、いい。

「ふー。」

「…………。」

 敬語は幼く、足をぷらぷらさせながら、坐っている。

「ふー。」

 こちらもまた、キセルを吹かした。

「おや、」

「ようやく氣付いたか。」

 敬語はてってってっと、私に近付いた。

「仲介さん。今日はなんだかよく合いますね。」

「今日は最も不運だ。」

「おやおや。」

 袖で口元を隠す。

「仲介さんに一度お聞きしたいことがあって……。」

「なんだ。焦らすに言え。」

「あぁ、それでは。仲介さん、わたくしたちに命名をされた時ありましたよね?」

「あぁ。」

 雑用壱と仁の時の話だ。

「ずっと不思議だったんですが、何故いつも一緒に連れ回っている雑用さんが"壱"ではななく、"仁"を選んだんです?」

「なんとなく。」

 仲介は煙を吹いた。意外にもあっさりな回答だったので、次の言葉が遅くなる。

「……なんとなく、ですか。」

「そうだ。」

 また、ぷらんぷらんゆらんゆらんと足を動かしている。

「仲介さんは、あまり人を信じていませんね。」

 唐突に何を言いやがる。

「…………。」

「ほら、ね。」

 図星だった仲介の顔を眺めて、にこっと不敵な笑みを浮かべた。

「なぜそう思った。」

「なんとなく。」

 なんだこいつ。腹が立つ。

「と言うのは噓で、本当は仲介さんが我々を避けているように思えたからです。特にわたくしを。」

「避けてない。けど、お前は避けてる。」

「うぅ……悲しいです。」

 わざとらしいうめきだ。

「けどね。仲介さん。」

 女性のように腰を折り曲げて、軽やかにこう言った。 

「人って案外、優しいですよ。」

「そうは思わん。」

「信じてみるのもいいですよ。」

「私は人間かどうかも分からない。お前もそうだろう。」

「喩えですよ。た、と、え。」

「何様だ。」

「わたくし様です。」

 ふふんと、胸に手を当てて誇らしげにこちらを見ている。

「なんだそれは。」

 敬語は私の顔を見るのをやめて、外の庭の方へと目を向けた。

「ふふ。陽だまり♩陽だまり♩」

「またそれか。」

「はい。陽だまり♩陽だまり♩」

 案外、惡くない。いい歌声だ。

「今日も明日も陽だまり♩陽だまり♩バケツひっくり返し、その場に跳っべ。」

 そんな歌詞だったのか。

 ゆらゆらキセルの先の煙を見た。まだ生まれたばかりである。

「なぁ、敬語。」

「はい、何でしょう。」

 敬語は歌をやめてこちらを見た。髪は重力に従い垂れている。

「お前は己れが死んだらどう思う。」

 敬語は少し驚いたのか、反応が鈍った。

「……えぇっと。なんとも思いませんね。」

 脚をバタ足のように泳がせた。

「……そうか。」

「貴方様は人の目を氣にし過ぎですよ。死ぬだなんて、まだまだ先の事じゃありませんか。」

 ブランコのように、ぶらぶら脚をばたつかせた。

「あぁ、そうだな。」

 仲介さんは空を見上げた。

「まだ、先の話だよな。」

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