腐る恋
ハナビシトモエ
みそらさん
冬ごもりをする為にスーパーでお酒を買っていた十一月のまだ暑い日、こういう日が続いたら続くだけ寒くなる。一度にたくさん買うと手押し車に乗らないので、少しずつ増やしていく。自転車はあまりにも運動音痴で乗ることが出来ないので、手押し車がちょうどいい。
誰もいない部屋にただいまというのは慣れた。高卒就職二十歳にして会社は倒産。就職活動をする気が起きないので、ニート生活を謳歌している。
今の時期、十八時はやや暗い、明日から雨になるそうだ。買って良かったカップ麺。ご飯を炊くだけの余裕はある。前に停電したことがあったので、懐中電灯の準備をしないといけない。
インターフォンが鳴ったのは映画を観ながらお手製ポテトチップスを食べている時のことだった。時計を見るとまだ二十時時だった。やや遠慮してほしい時間だ。風呂はまだ入っていない。何か緊急だったらよくない。
「はい」
「隣の向田です」
えらく若い声だな、隣はおばあさんだったと記憶している。扉を開けるとどこか田舎くさい女の子だ。暑いのに長袖ジャージでださかったのに、ちょっと可愛い。顔を背けてしまった。
「池田さんですよね。隣のものです」
関西の訛りが色っぽい、どこか仕草も官能的なものを感じる。同年代だろうか。
「あ、うん。どうかされましたか」
「キウイが親戚から届いて、お好きですか」
キウイと言っただけなのにやたらにエロい。
「お姉さん、何歳ですか」
お姉さんは少し首をかしげた。もうどうやってもダメ、ゾワゾワする。
「池田さんはおいくつ?」
「私はその二十歳で会社が倒産して今は無職で」
「大変やってんね。私は二十二で大学生です。よろしくね」
「よろしくお願いします。そのお隣さんは」
向田さんは人差し指をくちびるに乗せた。
「おばあちゃんは入院しています。退院はすぐに出来るんですけど、歳をとっているので、治りが悪そうで老人ホームに入ることになっててその片づけに来てます。ここは大学も近くて卒業まではこっちかな」
「へ、へぇ。大変ですね。この辺りは慣れないでしょう」
「うん、そうやね。あんまりこの辺は詳しくないわね」
「じゃ、私が案内しますよ。休みにどうですか?」
「お願いしようかな」
私はたくさんのキウイをテーブルに乗せて、映画に戻った。お姉さんやった。可愛くてちょっとダサいけど、私あのお姉さん隣人としていいかも。
就職活動も終わり、単位も取り終わっているから毎日暇だと言われた。次の朝、私は十一時に向田さんのインターフォンを押した。胸はバクバクドキドキハラハラで忙しい。
「はーい、池田さん。こんにちはせやお名前聞いてなかった。私はみそらです」
「み、み、み」
「もう蝉みたい。池田さんの名前教えて」
薄く笑うのもからかうのも余裕があって二つ離れているだけなのに随分大人だと感じる。
「ゆふです」
「なんでゆふ」
「なんていうか、変ですけど」
「変じゃないよ」
「寒い冬を吹き飛ばすほど元気に生きて欲しいと」
そういうとスケール大きいねなんて言われるからあまり言いたくなかった。
「ええやん。うち、ゆふちゃんの名前好きよ」
切り取って脳内ファイルに保存完了。
「みそらさんもきれいな名前」
「もうゆふちゃんかわええわ」
触れられた頭はとても熱かった。
「今良かったですか。その案内みたいな」
「そうやね。今日行こか」
「その予定とか」
「毎日が夏休みやから、いいよ。美味しいお店教えて」
教えられる店がギトギトな中華料理店しか知らない。
「その汚れてもいい服装で」
「今日は暑いね」
まだ二十五度はある。この辺では十一月中ごろでこれはやや暖かい。
「長袖は暑いです」
あのダサいジャージも愛すべきものがあるが、この気候で長袖はしんどい。
「運動着着てくるね」
そうして、みそらさんを外で待つことにした。しまった中華料理店のこと言ってない。あんな店、靴も汚れる。美味いけど、掃除しないもんな。
「お待たせ」
ちゃんとしっかり普通の半袖シャツだった。
「靴もスニーカーやから中華料理店でも大丈夫。駅前の気になってたけど、どんな味」
「もう絶品です」
それから十二月が来ても私とみそらさんは一緒だった。二人で大学に行った。二人で町の外に出てインスタも撮った。ゆふちゃん可愛いのにもったいないよという甘い声、車道側に立ってくれるカッコよさ。会った時から分かっていたけど、私の頭はみそらさんでいっぱいだった。
ずっと二人でいたい、ずっと遊んでいたい。新年は一緒に過ごした。おかずの食べさせあいごっこはもう交際しているとしか思えなかった。この二人の時間の消費期限は刻一刻と迫っている。どうにかちゃんと言質を取りたい。でもみそらさんにそんな気が無かったらどうしよう。
そうしているうちに二月になった。
隣からゴソゴソ音がすることが増えた。荷物の整理をしているのかと思って壁に耳をくっつけた。悲鳴のような声と違う女性の声がした。何かを片付けている様子はない。深夜三時にも同じ声がした。私は朝、部屋の扉を少し開けて待っていた。
「春香、待ってよ」
「みそらもう来ないよ」
「なんで、私春香がいないと」
聞こえた声は余裕はなかったが、それでも甘い蜜のような声だった。
「昨日、さやか家に上げたでしょう。知っているよ。今度は隣の女の子?」
「本当に好きなのは春香だよ」
「じゃあ、ここで裸になれる?」
「いやそれは」
「シーツ落とすだけじゃん」
「ちょっとだけだよ」
私は扉を閉めて布団の中で泣いた。それでも好きだ。昼に隣のインターフォンを鳴らした。いい匂いのするみそらさん。
「ゆふちゃん、泣いたの?」
「映画観てて」
「どんな映画?」
「題名を覚えていないです。流れて来たので」
これから一か月、どろどろと熱い溶岩の様な醜い愛が始まる。
届かなかった。黒い恋だ。テーブルの上のキウイは腐っていた。
腐る恋 ハナビシトモエ @sikasann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます