プレゼント
リコの占いの最中にミオが戻ってきた。次いで天道を占うと話の流れでトランプ大会をすることになり、しばらく全員で大富豪を楽しんだ。
「ねえ、月ヶ瀬さん。そろそろ、プレゼント開けてみない?」
一時間ほど経った頃、湯野の提案でプレゼントを開封することになった。月ヶ瀬ひとりがテーブルに向かい、他のメンバーはソファに座ってプレゼントを開ける彼女を見守った。
するとミオが立ち上がり、食べ物の残るテーブルを眺め出した。オレンジを取るのを見て、思わず咲希もミオのそばへ歩み寄る。
「こんなときくらい、じっとしていられないんですか」
小声で言うと、ミオは左手のオレンジを眺めながら答えた。
「食品ロス削減に協力しているだけだ。あんたも食べたらどうだ?」
「私はもう、おなかいっぱいです」
そう言って、プレゼント開封の儀に目を向けた。
まず月ヶ瀬は、咲希とミオのミニブーケと青羽のフラワーバスケットを見ておおいに喜んだ。
「バラをもらったの、初めて。ありがとう、青羽君」
「俺からのプレゼントはもうひとつあるぞ」
「そうなの? 楽しみ」
そう言って、月ヶ瀬は端から順番にプレゼントを開けていった。
湯野のプレゼントはコスメポーチ、赤上は入浴剤セット。リコはぬいぐるみクッション、木島のプレゼントはかわいらしいお菓子の詰め合わせだった。土屋は花の飾りがついたヘアクリップで、天道は急きょ買ってきたというブレスレットだ。
「すごくすてき。どうもありがとう」
開けるたびに月ヶ瀬は幸せそうな笑顔をひとりひとりに向けた。すると、
――パーン!
「きゃっ!」
突然部屋中に破裂音が響き、全員が音と悲鳴の発生源――咲希のほうを見た。びくっと震えた咲希は、後ろの壁を振り返る。そばに置かれていた風船が割れたのだ。
「成沢さん、大丈夫?」
月ヶ瀬があわてて咲希に駆け寄る。
「あ、平気です! ちょっと、びっくりしましたけど」
割れた風船を床から拾い上げ、月ヶ瀬は「ごめんね」と咲希を見た。
「大丈夫です。プレゼント開封を続けてください」
まだ青羽のプレゼントが残っているはずだ。そうしてテーブルに目を向けると、いつの間にかミオがソファの端に座っているのが見えた。手に持ったオレンジをもそもそと食べている。
風船を片付けると、月ヶ瀬はプレゼントのテーブルに戻った。フラワーバスケットの奥に隠れるように置かれていた紙袋を手に取り、中から取りだした小箱のラッピングを丁寧に開けていく。
そうしてちびかわのマグカップを取り出した瞬間、月ヶ瀬は驚きとうれしさのあまり言葉を失っていた。
「あ、それ、人気すぎてなかなか手に入らないやつじゃない?」
リコが言うと、天道も「すげえ」と目を見張った。
「発売日に、朝から並んだんだ」
若干照れくさそうに言う青羽に、月ヶ瀬はうるんだ瞳を向けた。
「ありがとう、青羽君……!」
「それ、手紙も入ってるから、会が終わった後で読んでくれないか」
青羽の言葉で、月ヶ瀬は紙袋の中を見た。白い封筒を少しだけ持ち上げ、「うん」とうなずく。
「ありがとう。そうだ、私からも青羽君にプレゼントがあるんだよ」
「え? 俺に?」
月ヶ瀬は、テーブルの下の引き出しを開けた。そこから包装紙に包まれた平たいものを取り出すと、青羽に差し出す。
「数学検定二級、合格おめでとう」
「よっ、おめでと!」
赤上たちも拍手で青羽を祝福する。青羽はまさかのサプライズに驚いていたが、うれしそうに包みを開けた。中に入っていたのは、円周率Tシャツだった。
「サイズがよくわからなくて、体格が同じ赤上君に協力してもらったの」
「……あ! それで、二人で買い物に……!?」
青羽が言う。なるほど、と咲希もひそかにうなずいた。湯野が勘違いしたあの目撃談の真相が思いがけず明らかになった。
「あれ、なんで知ってるの?」
きょとんとする月ヶ瀬に、「実は私が目撃しててね」と湯野が説明をする。
「おめでたいことが増えたね。青羽君の合格も改めてお祝いしよう!」
木島の言葉で、もう一度乾杯をすることになった。咲希と木島で人数分のウーロン茶を注ぎ、みんなに配る。
「合格、おめでとう!!」
部屋のそこここで、コップのぶつかる小気味のいい音が鳴り響いた。
「言われたとおり、見届けました」
誕生会が終わった後の帰り道。咲希はゆっくりと歩くミオの横顔にそう告げた。
「何もしませんでしたよ。でも、先輩に聞いてほしいことがあります」
「わかった。まず、先に話してみろ」
思いのほかすんなりと返事が返ってきたことに若干驚きながらも、咲希は勢いを殺さないように言葉を継いだ。
「その前に、確かめたいことがあります。土屋さんの制服のジャケットの、ポケットの中身のことです」
「――ああ。そうだったな」
ミオはポケットに手を突っ込んでスマホを取り出すと、操作しながら言った。
「中に入っていたのは、リング式のメモ帳だ。表紙ではなく途中のページが一番上に来るようにめくられていて、そこにはこんなことが書かれていた」
ミオが差し出したスマホの画面を見る。そこにはメモ帳のページの写真が表示されていた。
『4月20日 おうし座 B型』
走り書きのように雑な字だった。やっぱり、と咲希は静かに息を吐いた。
やっぱり、そうだった。ずっと感じていた違和感は、これのせいだったんだ。
誕生日会が行われた今日の日付。そしてミオが「血液型占い」をして聞き出した血液型。
「これは、月ヶ瀬さんの誕生日と血液型ですね」
――占いって、誕生日とか血液型とか、そういう情報は必要ないの?
占いに来たとき、土屋はそう言っていた。赤上から占いについての詳しい情報は聞いていなかったのだろう。誕生日や血液型を聞かれたときのために、その情報をあらかじめメモに書いていた。ポケットの中身をちらちらと気にするそぶりを見せていたのは、正確に答えるためだ。
「土屋さんは、自分を占ってもらうふりをして、月ヶ瀬さんのことを占ってもらっていた。そういうことですね」
ミオは黙って咲希を見つめている。こんなふうに否定も肯定もしないのは、話の続きを待っているときだ。
「私は最初、木島さんが土屋さんの『腐れ縁のつきまとい男子』なのだと思っていました。二人の間に妙な緊張感があったのも、土屋さんと彼の間に何かあったからなのだろうと思いました。でも、血液型占いの最中に部屋から出たとき、廊下で木島さんが土屋さんともめているような会話が聞こえたんです。そのときの木島さんの態度は、つきまとうというよりも、何かを責めているような感じでした。それで、もしかしたらって気づいたんです。土屋さんは、自分のことじゃなく別の誰かのことを占ってもらいに来たんじゃないかって」
「なるほど。で?」
「もし土屋さんが自分ではなく月ヶ瀬さんのことを占ってもらっていたんだとしたら、木島さんがつきまとって困らせていた女子は、土屋さんではなく月ヶ瀬さんということになります。木島さんは月ヶ瀬さんに気を遣っていたし、彼女のそばを離れたくないような態度に見えました」
木島と月ヶ瀬が「腐れ縁」なのかどうかはわからない。が、土屋がわざわざ月ヶ瀬の誕生日や血液型をメモしていたこと、月ヶ瀬のことを占ってもらいにきたことは確かだ。そこから考えれば、「腐れ縁のつきまとい男子」たりえるのは木島しかいない。
「それと、天道さん。当初は、土屋さんが私の占い通りに月ヶ瀬さんに出会いを提供するために連れてきたんだと思っていました。幼なじみの再会という形ではありますが、これも立派な出会いです。けど、土屋さんが青羽さんの月ヶ瀬さんへの思いに気づいていなかったとは、どうしても思えないんです」
土屋と月ヶ瀬の関係は、クラスメイトであるということくらいしか知らない。だが誕生日会に呼ぶということは、ある程度親しい仲なのだろう。誰に対しても優しく柔らかな態度を崩さない月ヶ瀬を、土屋も好いていたことだろう。
「だからあれは、青羽さんに発破をかけるための行動だったんじゃないかと思います。青羽さんは『ペンタクルのナイト』のように、恋愛もゆっくり慎重に進めていくタイプなんじゃないでしょうか。ぼやぼやしている間に木島さんというヘビに奪われてしまうことになりかねない。そう感じた土屋さんは、近くにいる運命の人への気づき――青羽さんとの『出会い直し』を演出するために、誕生会に参加することにしたんだと思います」
「出会い直し……か」
ミオがぼそりと繰り返した。咲希は続ける。
「これが正しければ、木島さんからしたら土屋さんは自身の恋を妨害する敵ということになります。何の予告もなく天道さんを連れてきたことを責めていたのかもしれません。ミオ先輩が突然血液型占いを始めたのも、土屋さんのポケットの中身と関係があるんじゃないかと考えました。それで、先に確かめたんです」
そこで言葉を止め、ミオの反応を待った。ミオはしばし無言で歩いていたが、やがてふっと笑みを浮かべた。
「月ヶ瀬を占っていたときも思ったが、ずいぶんあいまいな言い方をするんだな」
タロット占いを披露する前の自信のなさがよみがえり、咲希は思わず顔をしかめた。
「それは……あくまでも私が考えたことであって、真実とは限らないので」
「そうだな。あんたの話は、真実にはほど遠い」
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