第4話 気づきの朝

朝の陽射しが、木枠の窓から静かに差し込んでいた。


ユリシアは、細く息を吸ってからそっと目を開けた。見慣れた天井板、ややきしむベッドの感触、そして——昨日の戦いの記憶。


(……夢じゃ、ないよな)


全身が重かった。腕を動かすと、筋肉の奥に鈍い痛みが走る。森での魔獣との戦い、そして発動してしまったあの力の記憶が、まざまざと蘇る。


(俺の力……じゃない。イリスの命を削って得たもの——)


胸元に手を当てた。そこに熱はない。ただ、うっすらとした罪悪感が心の奥を冷たく満たしていく。


「おーい!ユリシア! 起きてるかー!」


扉の向こうから、セイルの元気な声が聞こえた。変わらない声に、少しだけ救われる気がした。


「……今行く」


ベッドから身を起こすと、微かに視界が揺れる。だが、それでも立ち上がり、ドアノブを握る。今は、止まっていられない。


食堂には、パンとスープ、そしてにこにこ顔のセイルがいた。


「おはよう! 昨日はすっごかったなぁ!あんなでかいの倒すなんてさ、ユリシア、やっぱすげーよ!」


「……ありがとう。でも、あれは俺一人の力じゃない」


「そうかな? でも……なんか最近、ユリシア、ちょっと元気なさそうだよ?」


セイルの言葉に、ハッとする。見透かされているわけではない。それでも、彼の純粋な目が、胸に痛い。


「……ちょっと疲れてるだけ」


そう言って笑ってみせたが、笑顔は自分でも分かるほど、薄っぺらだった。


(イリス……昨日から、姿を見てない)


戦いのあと、イリスは笑って「少し休むわね」とだけ言って、姿を消した。


何かを隠しているような、そうじゃないような、あの笑顔が頭から離れない。


(昨日のあの時……彼女の指先が、かすかに震えていた)


心の奥に、静かに警鐘が鳴っていた。


——代償は、本当に払われ続けている。


それを確かめるのが、今の自分の役目かもしれない。


「セイル。ちょっと、外に出てくる」


「え? どこ行くんだ?」


「イリスのところに。……話さなきゃいけないことがあるんだ」


ユリシアは町の外れにある丘の小道を歩いていた。


かすかに朝露の香りが漂うなか、草の間をすり抜ける風が、まだ目覚めきらない世界を優しく揺らしている。


(ここにいるのなら……きっと)


足は自然と、あの小さな祈りの教会へ向かっていた。


イリスはときどき、そこで静かに過ごしていた。誰にも言わず、ひとりで。誰にも気づかれぬように、そっと。


扉を開けると、冷たい空気が出迎えた。朝の光が、ステンドグラスの影を床に落としている。


中には、誰もいなかった。


だが——


「……いたんだろ、さっきまで」


祭壇の近く、わずかに残る足跡と、祈りの跡。ユリシアはその場に立ち尽くした。


(やっぱり……避けてるのか?)


自分の存在が、彼女にとって負担になっている。頭ではわかっていたが、こうして実際に距離を置かれると、胸が締めつけられた。


そのとき、不意に扉の奥から小さな光がこぼれた。


ふり返ると、見知らぬ少女がこちらを見つめていた。白いローブに身を包み、銀髪が肩で揺れている。


「あなたが……ユリシア様、ですね?」


「……誰?」


「イリス様の“後継候補”の一人、ラミナと申します」


ラミナはそう言って、静かに頭を下げた。その声には、年齢に似合わぬ落ち着きがあった。


「彼女は……今どこに?」


「静養中です。力の使用によって、身体に小さな歪みが生じました」


「……それって、どういう意味だ?」


「彼女が“その力”を使うたび、存在の“時”が削れるのは……もう知っておられますよね?」


ユリシアは、無言でうなずいた。


ラミナの視線が、ふっとやわらいだ。


「それでも——あなたと会いたがっています。ただ、それが“今日”ではないだけです」


「……わかった」


「でも、ユリシア様。あなたにひとつ、覚えておいてほしいことがあります」


「……なに?」


「祈導者は、決して“被害者”ではありません。あれは“選んだ者”の生き方です。誰かのために燃やす命を、自ら選ぶ者たちです」


その言葉に、ユリシアは何も言えなかった。


ラミナは軽く微笑み、ひとつだけ花を差し出してきた。星涙花の、まだ蕾のものだった。


「これは彼女から。いつか、あなたが真実にたどり着く日のために」


ユリシアはそれを受け取った。


淡い、まだ開かぬ花弁は、まるで彼女自身のようだった。


「……イリス」


名前を呼んでも、返事はない。


ユリシアはラミナと別れたあと、教会の裏手にある小道をゆっくりと歩いていた。細い道を抜けると、小さな泉がある。彼女がときおり座っていた石の上には、今日も誰の姿もなかった。


けれど、そこには確かに“ぬくもり”が残っていた。


風の音、葉のそよぎ、遠くで誰かの歌声。


すべてが穏やかで、それでいて、どこかひどく脆く感じられる。


(あのとき、俺が力を使ったから——)


戦闘のとき、確かに“何か”が変わった。


イリスの顔色が明らかに悪くなり、彼女は何も言わずに微笑んでいたが、それは明らかに「隠している微笑み」だった。


(でも、言えなかった。言いたくても、怖かった)


——君の命が、俺の強さの代償なんて。


——そんなもの、望んだ覚えはない。


だが、それでも力を使ってしまった。守りたい人がいて、失いたくないものがあって——気づけば、使っていた。


その結果が、彼女の“痛み”だ。


「ユリシア!」


声がした。振り向くと、セイルが息を切らしながら駆けてきた。


「どうした?」


「さっき、町の東の森に“黒い霧”が出たって……! 近くの村の人たちが逃げてきてるんだ!」


ユリシアの胸がざわめいた。


黒い霧。それはこの世界における、災厄の前触れだった。現れるたびに、土地が蝕まれ、命が奪われる。


「イリスは……?」


「まだ戻ってないって。ラミナさんが、そっとしておいてほしいって言ってたけど……」


「……行くしかないな」


ユリシアはすぐに腰の剣に手をかけた。だが、足はほんの一瞬だけ、ためらった。


(また、力を使えば——彼女は)


けれど、その逡巡を振り払うように、彼は走り出した。


「セイル、案内してくれ!」


「うん!」


走る足音が、静かな森に響く。遠くで鳥が飛び立ち、黒い空がじわじわと町を覆い始めていた。


ユリシアの胸の奥には、確かにひとつの決意があった。


——もう逃げない。


——たとえ代償があっても、この力を「誰かを守るため」に使いたい。


けれど、彼の中にはまだ気づいていない“選択”があった。


それは、守りたい存在の「本当の願い」を、まだ知らないということだった。


森は、死んだように静かだった。


空気は重く、濁った靄が視界を曇らせていた。セイルの案内で東の森にたどり着いたユリシアは、その場に足を止めた。


「……これは、ただの霧じゃないな」


「うん……息苦しい。空気が、生きてるみたいだ」


黒い霧は地面から這い上がるように広がっていて、まるで誰かの感情が物理になったかのように、じっとりとまとわりついていた。近づくたびに、胸の奥にざわざわとした不安が積もっていく。


「ユリシア……ここ、本当に行くの?」


セイルの声には、怯えがにじんでいた。それでも、彼は立ち止まらずに隣にいた。その姿に、ユリシアは小さく笑う。


「ありがとう、セイル。でも、ここから先は——」


「イリスを助けに行くんでしょ?」


セイルは真っ直ぐに言った。


「なら、僕も行くよ。だって……僕、ずっと二人に守られてきたから」


その言葉に、何かが揺れた。


ユリシアは視線を前に戻し、無言でうなずく。そして、踏み込んだ。


数歩、森の中へ進んだときだった。


——シュッ


何かが横を通り抜け、すぐ近くの木の幹が斜めに裂けた。


「っ!」


咄嗟に剣を抜く。見ると、霧の中に人影のようなものが揺れていた。だが、それは人ではなかった。


黒い影が、複数、ゆらゆらと揺れている。


「魔物……!」


「でも、なんか変だ……」


セイルの言う通りだった。影たちは何かに操られているような、意思のない動きだった。だが、その攻撃は鋭く、容赦がない。


ユリシアは剣を構え、呼吸を整える。


(また力を使うことになる——)


迷いが、心に浮かびかけた瞬間だった。


「……ユリシア」


背後から、声がした。


振り返ると、そこにイリスがいた。


彼女の顔色は悪く、瞳の奥に微かな光が揺れていた。けれど、その足取りはしっかりとユリシアに向かっていた。


「来てくれたのね……ありがとう」


「イリス……無理するな。お前の体、もう——」


「大丈夫。今は、少しだけ時間があるの。あなたに……伝えたいことがあるの」


イリスはそっと手を伸ばし、ユリシアの胸に触れた。


「この力……あなたの中にある“祝福”は、私が“命の花”を渡したときに始まったの。あなたは知らなかった。だから、責めないで」


「なんで、そんなことを……」


「あなたに、生きてほしかったから。世界に来たばかりのあなたが、また失われるのが怖かったの。だから私は、選んだの」


淡々と語る声は、どこか遠い音のようだった。


「でも、私の命が削られているのは、私の意志。あなたが望んだからじゃない。だから……あなたは、あなたのままでいて」


「そんなの……俺には、受け入れられない!」


ユリシアの叫びが、霧に吸い込まれる。


「お前が……そんな風に俺を思ってたなんて、知らなかった。俺は……ただ、誰かの命で強くなってるなんて、思いたくなかった!」


イリスは、ふわりと微笑んだ。


「だから……言わなかったの」


ユリシアは、何も返せなかった。


「……でも、もう一度だけ、力を使って。あの影を祓うために」


そう言って、イリスは両手を合わせた。青白い光が、彼女の体から流れ出す。


「待て、イリス——!」


「大丈夫。これは、私の願いだから」


そう言って、彼女は霧の中へと一歩、足を踏み入れた。


その背に、ユリシアは言葉を失った。


けれど、彼もまた、剣を構え直した。


「行くぞ、セイル」


「うん!」


霧の中へと、三人の影が駆けていく。


その先に待つものが、どれほどの代償を求めるとしても——


「セイル、援護して!」


ユリシアの叫びと同時に、剣が閃く。重たい霧を切り裂くようにして飛び込んできた影を一閃で弾き返すと、黒い煙のようなものが残り、すぐに消えた。


「了解っ!」


セイルも短剣を手に取り、懸命に後ろを守ってくれる。決して得意とは言えないはずの動き——それでも、必死に食らいつこうとしている姿が、ユリシアの胸を打った。


(大丈夫、やれる……!)


ユリシアは自分に言い聞かせるように前へ出た。


しかし、次の瞬間——


「くっ……!」


背後から、どこか鋭く乾いた音が響いた。


振り返ると、イリスが片膝をついていた。


「イリス!?」


「……大丈夫。少し、力を使いすぎただけ。今の影……“呪縛”の魔に近いものだったから、祓うには……強い祝福が必要で……」


その声はかすれ、唇からはうっすらと血がにじんでいた。


「やめろ! これ以上、力を使うな! もう充分だ!」


「だめ……あなたが、“完全”に力を使いこなすまでは……私が、支えなきゃ……」


イリスは立ち上がろうとするが、その体は震え、今にも崩れ落ちそうだった。


ユリシアは駆け寄り、彼女を抱きとめる。


「お前……なんでそこまで……!」


「だって、私は——」


その言葉は途中で止まり、イリスの体から、淡い光があふれ出した。


次の瞬間、ユリシアの体に熱が走る。


(これは……力が、流れ込んできてる!?)


確かにそれは、今までとは比べものにならないほどの魔力だった。刃に宿る重み、感覚、鼓動——それらが、別のものに変わっていくのがわかる。


「お前……自分の命を、また削ったのか……!」


「……あなたなら、きっと。だから……お願い、守って」


イリスの瞳が、まっすぐにユリシアを見つめていた。


「あなたの力で、ここに囚われている“想い”を、解き放ってあげて」


「わかった……もう、逃げない」


ユリシアは立ち上がる。剣を構え、その全身に宿った新たな力が、霧の中を鮮烈に貫いた。


黒い影が、咆哮を上げる。


それはもはや魔物というよりも、誰かの記憶、苦しみ、後悔——そういった負の感情の集合体のようだった。


「来い!」


ユリシアの剣が閃き、斬撃が波のように押し寄せる。新たな力はただ強いだけではなかった。斬るたびに、影の中に残されていた“誰かの記憶”が一瞬、光となって舞う。


「……ありがとう」


その声が聞こえた気がした。


斬り裂かれた霧の中から、静かに、誰かの“想い”が解放されていく。


それは、祝福の力の、本当の意味なのかもしれない。


「ユリシア、すごい……!」


セイルの声も届いていたが、ユリシアの視線は、ただひとりを見つめていた。


イリス。


彼女は膝をつきながらも、微笑んでいた。


「……やっぱり、あなたに力を渡して、よかった」


その笑みは、美しくて、儚くて。


ユリシアは心に誓った。


——もう、彼女にこれ以上、犠牲を払わせない。


この力が本当に誰かを守るためのものならば、自分自身の意志で振るう。


“代償”ではなく、“想い”のために。


戦いが終わった森には、信じられないほどの静寂が訪れていた。


風の音すら、どこか遠くに感じる。


ユリシアは剣をゆっくりと下ろし、背後に気配を感じて振り返った。


イリスは、地面に膝をついたまま、ぼんやりと空を見上げていた。


「……まだ、大丈夫?」


その問いかけに、イリスはゆっくりと頷いた。


「ええ……ごめんなさい。少し、気を抜いていただけ……」


笑みを浮かべようとして、失敗しているような、そんな表情だった。


ユリシアは彼女に手を差し伸べる。


「もう無理すんなって。……あんたがどこかに行っちまいそうで、怖かった」


その言葉に、イリスはほんの少しだけ目を見開いた。


「……ありがとう。そう言ってもらえると、少し救われる」


彼女の手は、やや冷たく、それでも確かにそこにあった。


「ユリシア!」


後方からセイルが駆け寄ってくる。


「すごかったよ、今の戦い……本当に、君はこの世界に来るべくして来た人なんだね!」


ユリシアは苦笑を浮かべた。


「ありがとう。でもさ……強いってことは、時々すごく怖いなって思った」


「……怖い?」


セイルの無垢な瞳が、逆に胸に突き刺さる。


「もし、力を得るたびに誰かが傷ついてるとしたら……それは本当に“正しい強さ”なのかなって」


セイルは少し考え込んだように黙った。


そして、小さく言った。


「それでも、僕は……ユリシアがいてくれたから、今ここにいられるよ。君がいなかったら、僕……」


「セイル……ありがとう」


その言葉が、ユリシアの中に静かに沈んでいく。


——まだ、誰にも真実は言えない。


でも、この手に感じたものは確かにあった。


イリスの力。


イリスの命。


彼女が削ってまで託してくれた“想い”。


「なあ、イリス」


ふと、ユリシアは彼女に向き直った。


「お前の“祝福”って、どういう意味なんだ?」


イリスは静かに目を閉じて、しばらく黙っていた。


「それは……“他者に力を与える代わりに、自らの存在が薄れていく”もの。私は、もともとそういう存在なの」


「……存在が、薄れる?」


「ええ。でも大丈夫。すぐに消えたりはしない。あなたが“本当の力”を掴めるようになるまでは、私は……ここにいるから」


その言葉は優しくて、どこか哀しくて——


まるで、別れの予告のように聞こえた。


「だったら俺は、自分の力を、自分の手で掴むよ」


ユリシアはゆっくりと言葉を紡いだ。


「もう、お前に犠牲を払わせたくない。必要なら、自分の力で戦う。それまで——」


「……それまで、私はそばにいるわ。何があっても」


イリスは、静かに微笑んだ。


その笑みには、確かに命の灯が宿っていた。


森の奥、誰も近づかない瘴気の濃い区域。その中心で、巨大な魔獣が咆哮を上げた。


それは――全身を黒い鎧のような鱗で覆い、頭には牡鹿のような角を持つ獣。脚は山羊、背中には煤けた羽根。かつて神話の時代に封印された“ナスル・エクス”と呼ばれる災厄の断片だった。


「ッ……これは今までの魔獣と次元が違う……!」


ユリシアは息を呑んだ。足元の大地が脈動する。セイルが背後で震えていた。


「ユリシア……これ、戦える相手なの……?」


「……わからない。でも、やるしかない」


そのときだった。


「待って、ユリシア!」


イリスが制止するように声をかけてきた。だが、ユリシアはその手を振りほどいた。


「イリスの“時”を、これ以上削らせたくない……だから、今度こそ、僕の力でやる」


目を閉じ、息を吸う。


(イリスの祝福がなければ、僕はただの人間。でも……あのとき確かに、何かが自分の中に宿った)


「お願いだ、“この身に流れる力よ”――」


祈るように言葉を紡ぐ。だが、返ってくるのは、うねるような瘴気と、獣の殺気。


魔獣が吠えた。


「来るよ……!」


次の瞬間、ナスル・エクスの尾が地面を薙ぎ払う。その衝撃で木々が吹き飛び、セイルが投げ出された。


「セイルッ!!」


ユリシアが駆け出す。だがその前に、イリスが結界を展開して彼を守った。


「私のことはいい! 今は戦って……!」


「君の“時”が……!」


「今は言わないで! 後でちゃんと怒って!」


その言葉に、ユリシアの胸が震えた。


そして――彼は決意した。


「だったら、僕も限界を超えてみせる……!」


足元の魔法陣がひとりでに浮かび上がる。今まで一度も意識せずに発動していた魔力が、脈打つように指先へと集まってくる。


「“斬光”――!」


腕を振ると、刃のような光が空を裂いた。それは獣の肩をかすめたが、致命傷には至らない。


「まだ足りない……!」


そのとき、セイルの声が響く。


「ユリシア! 僕が囮になる! 君の魔法、信じてる!」


「セイル、やめ――」


だが少年は笑っていた。


「“バチューン”って、もう一度見たいんだ!」


(ああ、もう……!)


その瞬間だった。心の奥、深くに沈んでいた何かが、はじけた。


「お願いだ、僕の中にある“願い”よ。イリスじゃない、僕自身の力で……!」


空間がねじれる。


ユリシアの背中に、かすかに金色の羽が浮かんだ。今までなかった、独自の魔力の形。


「“瞬閃雷刃――ルクス・カリス”!!」


裂けるような光が地を這い、ナスル・エクスの身体を貫いた。


咆哮。光。爆発。


あたりが静寂に包まれたとき、魔獣は煙の中に崩れ落ちていた。


 


ユリシアは、震える手を見つめた。


「……僕、やったんだ……」


「うん、やったね」


イリスがそっと近づき、手を重ねた。彼女の顔は少し青白かったが、笑っていた。


「ユリシアの中にも、ちゃんと“祈り”がある。私がすべてじゃない。あなたは……あなたの力で、誰かを守れる人」


その言葉に、ユリシアは小さくうなずいた。


そして、倒れたままのセイルが、ピースをして笑っていた。


「バチューン……見たぞ……」


 


森の風が、優しく頬をなでた。


“祝福”がなくても、戦える。


その確信が、彼の胸に、新しい光を灯していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る