図書室ピエロの噂

水鳴諒(猫宮乾)

第1話 4時44分44秒の噂


 ぼくは、大人だ。それは、当然のことだ。


 もう小学六年生。

 子どもじみた〝ウワサ〟なんか、僕は信じない。もう小学五年生なのに、信じるやつは、どうかしてる。


「ねぇねぇ、『図書室のマスク男』、また出たって! 二組の夏荻なつおぎくんが見たんだって!」


 ガラガラと音を立てて、西にしくんが教室の黒板側のドアを開けて入ってきた。西くんの大きな声にみんなが顔をむける。


 ぼくたちの六年三組の教室の、みんなが西くんを見てる。ぼくも、そうした。

 教卓の前まで西くんが、早足で歩く。それから興奮したように話しはじめた。


「やっぱり土曜の4時44分44秒に出たらしいぞ! 緑のコートで白いマスクで!」


 それを聞いて、僕は、ばかばかしいと思った。

 4がならんだ時間は不吉だというけど、だって午後の4時は16時だ。

 16時44分44秒にするだけで、とたんに怖くなくなる。


「夏荻くんが見たんなら、本当じゃない?」

「だよね。児童会長で、あんなに頭もいいし」

「土曜日もたしかスポ少あったから、学校にいたんでしょう?」

「きっとそうだよ。体育倉庫のカギを職員室に返しに行ったんじゃない?」

「図書館は職員室がある向かいの校舎の二階だから、よく見えるもんね!」


 教室中が一気にさわがしくなった。

 くだらないと思っていても、ぼくは言わない。

 自分の考えをおしつけるのは、空気が読めない〝子ども〟がすることだ。


「じゃんけんで負けたやつが、たしかめに行くことにしないか? 三組の男子のコケンだ」


 お調子者の西くんが言うと、多くの男子が目をキラキラさせた。

 西くんの声に、男子のみんなが教卓の前へとあつまっていく。

 ぼくもそうした。そうしなかったら、〝へん〟に思われるから。


「最初はぐー。じゃんけんぽん」


 西くんがしきり、じゃんけんがはじまる。

 総当たりせんで、みんなとじゃんけんをした。

 大人数だったから時間がかかったけど、じゃんけんはぶじに、休み時間の内に終わった


「……土曜日だね。明日だ。たしかめてくる」


 負けたのは、ぼくだった。ぼくは、ただのウワサなのに、見にいくなんてばかみたいだと思ったけど、笑ってみせた。

 みんなが楽しそうにぼくを見ている。

 こうしてぼくは、図書室のマスク男のウワサをたしかめに行くことになった。

 どうせ、いるわけないのに。




 放課後、ぼくが帰ると、りょうにいちゃんが、洗濯物にアイロンをかけていた。


「おかえり、えい


 顔を上げて笑った亮にいちゃんは、ぼくにとってじまんのお兄ちゃんだ。

 きさらぎ市立山都未来高校の二年生で、帰りが遅いお父さんに代わって、多くの家事をしてくれる。そのほかにアルバイトをしていて、時々ぼくや、兄弟で一番下の、弟のなずなに新作のゲームを買ってくれる。


 ぼくたちのお母さんは、五年前に死んじゃった。急性の白血病って言っていた。

 あっという間だった。


 ぼくは悲しさよりも、驚いてしまった。もうお母さんが、この世にいないなんて、思えなかった。三歳年下の薺はぼくとはぎゃくで、声をあげて泣いていた。薺の手をぎゅっと握りながら、ぼくはお葬式をはじめて体験した。


 薺は、生まれつき体が弱く、今も入院している。心臓の病気だ。ただ、原因は不明らしい。


「ただいま」

「今日は父さん、夜勤を代わったから帰れないって」


 亮にいちゃんはそう言うと、別のシャツにアイロンをかけはじめる。


「そうなんだ」


 ぼく達のお父さんは、看護師だ。今は〝しゅにん〟をしているって言ってた。

 しゅにんがなんだか、ぼくは知らない。


「晩ご飯はカレー?」


 いいにおいがするから、ぼくは聞いた。


「おう。カツを買ってきたから、カツカレーにしようと思ってる」

「カツ! やったぁ!」


 亮にいちゃんは料理上手だ。ぼくは、亮にいちゃんの料理が大好きだ。

 この日の夜は、二人でカレーを食べた。





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