第7話 拓海と緑①

 ぐずぐずに崩れたケーキが乗った紙皿をいただいた。

 クリームに付いているロウを避けながら食べる。


「なんだよ、19歳って」


 ケーキを見たまま、緑さんにだけ聞こえるように言った。


「なんだよってなに?成人してるし、仕事もちゃんとしてるし」


 はっきりと、大きな声でこっちに向かって言い返してくる。

 僕の配慮が台無しになる。


「私は立派な大人ですが?」


 確かに緑さんの言う通りだ。そうだけど……30歳の男をからかっていい歳じゃないだろ。


「自分のしてること分かってるのか?」

「自分のしてることが分かってないって言うの?」

「質問に質問で返すなよ」

「質問に質問で返して、何が悪いのよ」


 まったく話にならない。

 誰かと話していて、こんなに気分が苛つくのは初めてだ。

 いや、高3の反抗期の時以来だ。


 こいつがその頃の僕を思い出させるんだ。

 歳が近いから、つい……きっとそうだ、そうに違いない。


「そこのお二人さん、痴話喧嘩は大概にして仕事してくれないかぁ~?」

「はーい」

「すみません、社長……」


 って言うか、痴話喧嘩ってなんだよ。僕はこんな子どもは好きじゃないよ。

 食べ終わった紙皿を燃えるゴミへ、使い捨てフォークをプラゴミへ捨てる。


「そう言えば、福岡君さ、今度、匠先生との対談考えてるんだけど、企画練ってくれない?」

「社長と僕でですか?」

「ああ。君は顔出ししなくていいから、そんな感じの構成でお願いできないだろうか」

「考えておきます」


 社長はふんふんと頷きながら行ってしまった。

 僕のことを不思議そうに見ている緑さん。


「僕、一応、動画配信やってて」

「知ってる」

「登録者数は30万にやっとってところだけど、もう10年以上」

「匠先生でしょ?知ってる」


 予想外だ。19歳の女の子が好んで見るとは思えない。

 でも、茜が僕にファンだと言ってくれた時も20歳くらいだったな。


「意外だけど、嬉しいよ」

「あたし、匠先生嫌い」

「なっ!」


 何なんだよ!嫌いで結構だけど、いちいち言う必要ないだろ?


「なんか、無理してる。カッコつけてて痛々しい」

「!」


 さすがに頭に来たので、緑さんから離れるべく歩き出した。


「なんで付いてくんだよ!」

「私も、こっちに用がある」

「いい加減にしてくれよ!」

「あんた見てると、嫌いな自分を思い出して腹が立つ!」


 なんだよ、それ……

 気丈に振舞っているように見えたけど、よく見ると握りしめている拳が震えていた。


「爪がくい込んじゃうぞ」


 緑さんの手を取った。

 ビックリするほど冷たい。


「大丈夫か?」

「大丈夫だよ!」


 手を振り払って、ずんずんと歩いて行ってしまう。


「付いてこないでよ!」

「こっちに用があるんだよ」


 この小さな悪魔を見ていると自分が分からなくなる。

 茜と比べるのもなんだけど、緑さんは圧倒的に地味だ。見た目が。

 ボーイッシュな黒髪のショートで、化粧っ気がまるでない。


「話を聞かせてくれないか?」

「はあ?」

「動画の参考にしたい」

「更新なんてしてないくせに」


 痛いところを突かれた。


「よく見てくれてるんだな」

「たまたまだよ、きもい、うざい」


 きもい、に、うざい、が追加されてショックがないわけではないが、所詮、十代の戯言と見逃してやろう。


「今夜、ご飯食べに行こう」

「ハンバーガーならいいよ」




 □□□□




 こんなハワイみたいな店があるんだな。


「ハワイアンバーガーとトロピカルスムージー、キラウエアパンケーキください。福ちゃんは?」


 急にメニューを渡されたが、何も考えていなかったので「同じので」と言った。

 緑さんが少し目を大きくして、にやっと笑った意味がすぐに分かった。


「福ちゃん、こんなに食べれるの?」

「……」


 笑いを堪えながら、そんなこと言って、本当に意地悪なんだな。


「食べきれなかったら、私が食べたげるよ」

「これくらいペロリだ」


 可笑しそうに笑う緑さんが、腹立たしくも可愛いかった。


「僕のどこが嫌いか、聞いてもいいか?」

「福ちゃんのこと嫌いなんて言ってない」


 こんな小さな体のどこに消えていくのかと不思議に思うくらい、緑さんはよく食べる。


「だって、さっき……」

「匠先生が嫌いなの、福ちゃんは好きだよ」


 不意に出てきた「好き」という言葉に動揺する。

 そんな意味ではないと分かっているけど、冷静ではいられなくなる。


「それ、食べられないんだったら頂戴」


 キラウエアパンケーキを喜んで差し出す。


「そんなの、よく二つも食べられるな」


 黙々と食べている緑さんは、ほっぺがリスみたいだ。


「福ちゃん、高卒でしょ?履歴書見た」

「突然、なに?」

「社長に紹介された匠先生の動画見て、こんなに頑張っちゃって、ばかみたいって思った」

「ん?」


 腹は立たなかった。


「なんか一生懸命、自分は優秀です、頑張ってるから偉いでしょ?みたいなのがスケスケで気持ち悪かった」

「そうか」


 そこまではっきり言われると、逆に清々しい。


「だから、どんだけ嫌味な奴が来るんだろうって思ってた」

「で?」

「福ちゃんは、素でいい人だった。だから好き」


 この「好き」は期待していいのだろうか。


「今日はベッドで寝たい」


 意味するところは分かっている。



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