「登ってこいよ」
山丹凉帆
ある丘で
最後にこの丘を登ってから何年が経ったことだろう。
今となってはあのとき話したベンチも、これから叶えるはずだった夢も、今も隣にいると誓った君も失われてしまった。
ベンチの代わりに建っている家の上によじ登る。
無論犯罪である。君が見たら叱るのだろうか――いや、叱ることはしないだろう。きっと面白がって一緒に登るはずだ。
そうしてこういうのだろう。
「逃げ道はあっちにしておこう」
きっとこうも言うのだろう、それも満々の笑みを浮かべながら。
「さっさと登ってこいよ、いい眺めだぞ」
そんなことを思いながらてっぺんにつく。
君と眺めた街はすっかり変わってしまった。
走り回ったあぜ道は住宅が立ち並び。
君と逍遥した商店街はショッピングモールによってグラフィティもどきの並ぶシャッター街へと移り変わり。
君の家があった場所は高層マンションに占拠されてしまった。
馳せる思いは裏腹に、珍走族が大路を賑わす。誰も目もくれないが、うざったさだけが残る。
夕焼けも消えかけ、空は紺に染まろうとしている。
星は出ない。都市の明るさがかき消す。
そうして他人の家を飛び降り、芝を痛める。
ふと、住人の姿を窓の中に探す。カーテン越しに、目が合ったような気がした。
背後の怒鳴りを無視して駆け出す。そんなものはなかったのかもしれない。ただ一心に、笑って、笑って、走った。
そして明るい街の、暗い角で眠った。
風は、感じられなかった。
「登ってこいよ」 山丹凉帆 @hokkyokugo
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