はるうた 月下美人とひまわりの詩
夏ごろもハルシジン
プロローグ
「やだ! やだよう! はる兄! お兄ちゃん!」
「兄さん! 兄さん!」
妹たちが、泣いていた。
ストレッチャーで運ばれる俺がいる……。
なんでか、見下ろしているかのようにその情景が俺の頭の中に浮かんでいた。
「十八歳、男性。側頭部と全身に打撲から骨折の疑い!」
ストレッチャーを押す救急隊員が叫んでいる。
俺……どうしてここに……。
暗転
救急車のサイレンが近づいてくる。
なんだ……事故でもあったのか?
ガードレールに、買ったばかりの自転車が立てかけてある。なんだか、フレームとホイールが変形してるみたいに見えた。
買ったばかりなんだけどなあ。
なにか、現実感が欠如したようにふわふわしているような、視界にフィルターがかかっているような。
ふと横を見ると、目線の高さにアスファルトがあって、赤黒い水たまりがその上を侵食するように広がっていた。
いや、最初から横を向いていて、自転車はその赤黒い水たまりの向こうにあって、俺はそれがどんどん広がっているのを、眺めてたんだっけ。
暗転
「大丈夫ですか! 聞こえますか! お名前、言えますか!」
いつの間にか、視界が変わっていた。空が見えるような、誰かが覗き込んでいるような。白いヘルメットの男の人が叫んでいた。
はづき……はるし……俺の名前だよ。なんども答えてるんだけど、この人、聞こえてないのかな……。息苦しくて、咳をしたいのに、血の味が喉の奥に溜まって、声が出てないみたい……。
「気道確保、いそいで!」
暗転
音が聴こえる。ドラマとかで、病院スタッフが走りながらストレッチャーを押していく音に、俺は運ばれていく。
胸骨を強烈に圧迫される。痛いよ、いいって、やめてほしい。
「やだ! やだよう! はる兄! お兄ちゃん!」
「兄さん! 兄さん!」
あぁ、ふたりが泣いている。だいじな、兄妹なのに、泣かせちゃった……母さん、父さん、ごめん、泣かせちゃった……。
(心配するなよ……ちょっと、異世界で世界救ってくるから……)
俺は、気の利いた一世一代のギャグをいったつもりだったのに、二人とも全然笑ってくれない。大丈夫だって……。
いつも、なんとかなってただろ?
……ああ、二人の声が聞こえない……大丈夫だよ……それとも、なんとかならない時が、やってきたのかな……。
——— 一定リズムで繰り返し鳴っていた無機質な電子音が、一本調子の単音に変わった。
ドン、俺の体が電気ショックで跳ね上がる。俺は、どこか闇の中に跳ばされていった。
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