少女に教えよう

 そんな気味の悪い沈黙を砕くためにも、私は口を開く。

「この町のことは?」


「え?」

「東京のことは知らないかもしれない。

 でも、ここに来てから、何か知ったことは?」


 少女は一瞬、考えるような仕草をした。

「何も」と顔を赤くして。



「わたしね、知ってるよ。

 漁港にある煮魚がおいしい定食屋さんとか、

 山奥に大きな神社があるとか。ほら」

 そう私は言って、少女に近づいて窓の外を指差した。

 遠くに光を放つ灯台がようやく見えたから。


「あそこ、灯台の近くにね、夕方になると猫が集まるの」

 少女は私の指先を見る。

 しばらくじっと目を凝らして、

 やがて小さく「そうなんだ」と呟く。


 そして、彼女の傍に座ると。

「君が知らないだけで、この町にもきっと、

 たくさん面白いものがあると思うよ」

 少女は悔しそうに唇を噛んでいた。


「そんなこと言われても」

「わたしね。旅人なの

 ――そう格好つけて――

 もっとこの町に居たいのに居られないの。

 でも君はまだ居るでしょ?」


「うん」

「それでね。これを長い旅行と思ってみて。

 そう思えば、いつかは東京に帰れると思うし、

 それまでこの町を存分に楽しめば良いと思う。友達もきっとできるよ」

 少女は何か言いかけてまた黙った。


「そういえば君、どこで降りるの?」

 戸惑う表情を見せて、すぐに視線を逸らして。

「ずっと先」と言った。


「まさか、ひとりで東京に戻るつもり?」

「うん」

「バカなこと言わないで!」


「でも、帰りたくない」

「帰りたくないって、どうして?」

「だって、ここにいても、ずっと一人だから」


 今夜は雨でも降るのだろうか

 ――木影宮の次は金砂浜です――

 遠くで荒波の音がした。

 もしかすると、この子は本当に海の神様かもしれない。


「東京に戻っても、そこからどうするの?」

 答えなかった。


「それでいいの?」

 答えなかった。


 惨めな少女に何かをしてやりたい。

 水色の鈴がポケットにある。

 でもそれだけでは申し訳ない。だから。

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