志に異議アリ

夏の終わり



放課後の図書館で偶然隣に座った。


同じ問題集を広げて、同じところで詰まって、同じタイミングでため息をついた。


「……もしかして、バカ仲間?」

そう言って笑った彼の横顔を、私は一瞬で好きになった。


翌日から、なぜか一緒に帰るようになった。

自転車を並べて、コンビニのアイスを片手に笑いながら走る。

夕立に追われて、二人で必死にペダルを漕いだ。

そんな小さな出来事が、胸の奥で花火みたいに弾けていく。


わかっていた。

八月の終わりには、彼が引っ越すこと。

「でも、今が楽しいんだ」

彼はそう言って、風にかき消されるような声で笑った。


夏祭りの夜、浴衣の袖がふと触れ合った瞬間、心臓が跳ねた。


言葉なんていらなかった。

ただ今は彼の横顔ばかりを何回も再生できるようしっかりと焼きつけた。





その日も図書館を出ると、空はまだ白っぽくて、蝉の声が耳にまとわりついていた。

自転車置き場で、彼が鍵を外しているのを見つける。


「……一緒に帰る?」

自分でも驚くくらい、声が小さく出た。

彼は少し笑ってうなずいた。


ハンドルを握って並んで走り出す。

アスファルトの照り返しが熱くて、ペダルを漕ぐたびにスニーカーがきしむ。


コンビニの前で止まって、彼がアイスを二本買った。

チョコとバニラ。どっち?と聞かれて、私は少し迷ってチョコを選ぶ。


「やっぱり」

「なにが?」

「なんとなく、そんな気がした」


くだらない会話を時間の限り引き伸ばした。


夕立が来そうで、雲がゆっくり色を濃くしていく。

風が冷たくなって、汗ばんだ肌に心地よかった。

ふと彼が前を見たまま言う。

「……八月、もう終わるな」

その一言に、胸がぎゅっと縮む。


沈黙。

自転車のチェーンの回転音だけが響く。


声を出せば泣きそうで、笑ってごまかした。


でも横顔を盗み見たとき、彼も少しだけ笑っていて


――その笑顔が、わたしの心に綺麗に保存された。


川沿いに差しかかったとき、彼が急にスピードを落とした。

「来年も、一緒に帰りたかったな」


夕陽が彼の横顔を赤く染める。

返事をしようとして、言葉より先に涙が溢れた。


「ばか。だったら……最後まで送ってよ」

自分の声が震えていた……


彼は何も言わず、並んでペダルを踏んだ。


沈む太陽に追われるように。


二人のタイヤの音だけが、夏の終わりの道に重なって響いていた……


そして夏の終わり。

彼は居なくなった。



彼との時間だけを保存した、上書きできないフォルダーだけを残して……






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志に異議アリ @wktk0044

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