第16話 親友のためのレシピ
未知の食材だった水晶キノコの一件から、数日が過ぎた。
あの初めての共同作業以来、厨房の空気は少しだけ変わったように思う。
カイル君は相変わらず仏頂面で、私や仲間たちと馴れ合うつもりはないみたいだけど、彼の動きからは、以前のような刺々しさが少しだけ和らいでいた。
そんなある日の昼下がり。
店のドアを開けて、親友のシュミットが、地の底から聞こえてきそうな深いため息をつきながら入ってきた。
「シュミット、どうしたの? そんなに落ち込んで」
「聞いてよリノン……」
カウンター席に突っ伏した彼女は、深刻な顔で私を見上げる。
「うちの雑貨屋で、新しい名物になるようなお菓子を開発したいんだけど、全然いいアイデアが浮かばなくて……。日持ちがして、美味しくて、他の店にはないような……そんな夢みたいな商品、無理かなぁ」
大切な親友の、切実な悩み。
私は、彼女の前にミルクティーをことりと置くと、にっと笑って胸を叩いた。
「任せて! 三毛猫亭チームの総力を結集すれば、きっとできるよ!」
「誰がチームだ」
厨房の隅で鍋を磨いていたカイル君が、小さな声で悪態をついたけど、今の私には聞こえないふり。
その日の午後、店のテーブルには、三毛猫亭チーム(仮)が全員集合していた。
シュミットの要望は三つ。
①日持ちがすること。②栄養価が高いと嬉しい(冒険者向けにもなる)。③安価な材料で作りたい。
うーん、と唸る私に、ひらめきが舞い降りてきた。
「日持ちと栄養価……それなら、モンスターの干し肉と木の実を使ったクッキーなんてどうかな?」
「はぁ? 肉の入ったクッキーだと? そんなゲテモノ、誰が買うか!」
私のアイデアに、カイル君が即座に噛みついてくる。
でも、その時、黙って話を聞いていたフィクサー様が、静かに口を開いた。
「いや、面白い発想だ。肉の塩気と、木の実の甘みと脂肪分。理論上は、甘じょっぱい味のバランスが取れる可能性がある。問題は、日持ちさせるための水分量の調整と、肉の臭みをどう消すかだ」
フィクサー様の理論的な後押しを得て、シュミットの新商品開発が始まった。
厨房では、私とフィクサー様が中心となり、カイル君も不本意ながら下準備を手伝っている。
「肉の臭みは、このハーブの精油を使おう。強い消臭効果と抗菌作用がある」
「パパが言ってた! 蜂蜜をたっぷり使うと、腐りにくくなるって!」
「なるほど。蜂蜜の糖分濃度が水分活性を低下させ、微生物の繁殖を抑える。理にかなっているな」
フィクサー様と私が次々とアイデアを出し合う中、最初の試作品ができた。
味は悪くないけど、少し硬くて、食感がパサパサする。
皆が「うーん」と頭を悩ませていると、それまで腕を組んで黙っていたカイル君が、ぼそりと呟いた。
「……『黄金の獅子亭』では、クッキー生地に、これを混ぜていた」
彼が指さしたのは、モンスターの卵の卵黄だけを乾燥させた、鮮やかな黄色の粉末だった。
「これを加えると、生地のグルテンの結びつきが弱まって、驚くほどサクサクになるんだ」
「すごい! ありがとう、カイル君!」
私が素直にお礼を言うと、彼は「別に、お前のために言ったわけじゃない。独り言だ!」と、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
三人の知識と技術が融合し、試行錯誤の末に、ついにクッキーが完成した。
見た目は素朴なドロップクッキーだけど、中にはモンスターの干し肉や木の実がごろごろ入っていて、蜂蜜とスパイスの香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がる。
「美味しいー! 甘くて、しょっぱくて、止まらない! これなら絶対うちの名物になるよ! ありがとう、リノン!」
シュミットは、完成したばかりの「冒険者のためのパワー・クッキー」を頬張り、大喜びで私に抱きついてきた。
「これなら一袋で一日戦える! 冒険の携帯食に最高だ!」
フェルトも太鼓判を押してくれる。
カイル君も、自分が関わったクッキーの完成度の高さに、驚きと、ほんの少しの達成感が入り混じった、複雑な表情をしていた。
自分の料理の知識が、大好きな親友の役に立てた。
そのことが、何よりも嬉しかった。
フィクサー様は、そんな私たちの様子を、静かに、そしてどこか穏やかな目で見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます