第13話 新しい仲間と師匠の課題


 屈辱だ……!

 この俺が、三ツ星レストラン「黄金の獅子亭」の次代を担うとまで言われた、この俺が!

 こんな寂れた、端材の匂いが染みついたような食堂で、皿洗いだと……!?

 俺は、泡まみれになった皿を、叩きつけるように水桶に沈めた。


「よう、新人! 腰が入ってないぜ!」

「もうちょっと丁寧に洗わないと、リノンに怒られるわよー?」


 背後から、あの能天気な冒険者(フェルト)と、雑貨屋の娘(シュミット)のからかうような声が飛んでくる。

 俺は舌打ちで応えながら、さらに強く皿をこすった。

 あの日の料理対決……。俺は、確かに負けた。だが、納得などしているものか。あんなものは、まぐれだ。俺の技術が、あんな家庭料理のようなものに劣るはずがない。

 それなのに、この女は……。


「カイル君、朝ごはんは食べた? まかない、作るけど」


 ひょっこりと厨房に顔を出したリノンが、屈託のない笑顔で俺に声をかけてくる。

 その手にあるのは、野菜の切れ端と卵で作った、素朴な雑炊だった。

 ぐうぅ、と腹の虫が、情けない音を立てる。


「……いらねえ」


 俺はそっぽを向いて答えたが、その雑炊から立ち上る、優しい出汁の香りが鼻腔をくすぐって、たまらなく腹が減った。


「ほら、意地張らないで。働いてもらうんだから、ちゃんと食べないと」


 そう言って、彼女は俺の前に雑炊の入ったお椀をことりと置いた。

 なんなんだ、この女は……! 俺は、お前の店を潰しに来た、敵なんだぞ……?

 そのあまりの屈託のなさに、俺は毒気を抜かれて、ただ黙ってお椀を見つめるしかなかった。


 昼の営業中、俺はホールの隅で腕を組みながら、リノンの仕事ぶりを観察していた。

(動きに無駄が多い。調理台の配置も非効率的だ。第一、客と喋りすぎだろ……)

 心の中で、次々とダメ出しをする。

 俺のいた「黄金の獅子亭」は、戦場だった。客の顔など見えない厨房で、ただひたすらに完璧な料理を、一寸の狂いもなく作り出す。ガウェイン様の怒鳴り声だけが響く、緊張感に満ちた空間。

 だが、この店はどうだ。

 リノンは、客一人ひとりの顔を見て、本当に楽しそうに笑いながら、料理を作っている。


「坊や、ニンジンは苦手? よし、じゃあ特別に、お星様の形にしてあげようね」


 子連れの母親との、そんなやり取り。

 あんな手間のかかることを、彼女は当たり前のようにやっている。


(……笑いながら、料理を……?)


 自分が忘れていた、いや、そもそも知らなかった光景に、俺は混乱していた。

 違う、俺たちの料理こそが本物だ。こんなのは、ただのままごとだ……。

 そうだ、ままごとに決まってる……!

 俺は、自分にそう強く言い聞かせるしかなかった。



 ◆

 

 

 カイル君がうちの店で働くようになって、数日が経った。

 彼は相変わらず仏頂面で、口を開けば「こんな店のやり方は非効率的だ」とか「衛生観念がなっていない」とか、文句ばかり。

 でも、言われた仕事は、なんだかんだ言いながらも、真面目にきっちりこなしてくれていた。


(まだ、慣れないみたいだけど……。でも、根は悪い子じゃないのかも)


 そんなことを思いながら後片付けをしていると、店のドアが静かに開いた。

 店じまい後の、この時間の来客。一人しかいない。


「フィクサー様……!」


 彼が厨房に足を踏み入れた瞬間、それまでのんびりとしていた空気が、ピリッと張り詰める。

 その只者ではないオーラに、今まで文句ばかり言っていたカイル君が、蛇に睨まれたカエルのように固まっているのが、視界の端に映った。

(ふふ、カイル君も、師匠に会った時はびっくりするよね)

 ほんの少しだけ、優越感を覚えてしまったのは、内緒だ。


 フィクサー様は、私が練習のために作った野菜の切り口を一瞥すると、静かに言った。


「ふむ。無駄な動きが少し減ったな。味の再現性も上がってきた」

「えっ! 本当ですか!?」


 彼に褒められるなんて、初めてかもしれない。私がぱあっと顔を輝かせると、彼はすぐに厳しい顔に戻った。


「だが、それは僕の指示をなぞっているだけだ。基礎は身についてきた。次の段階に進む」


 彼は、腕を組むと、私に新しい課題を告げた。


「店の『新しい名物』となる、君にしか作れない一皿を考えなさい。期限は三日だ」

「私にしか作れない、新しい名物……」


 その言葉の重みに、私は思わず息をのむ。

 私の料理って、なんだろう。三毛猫亭の味って、なんだろう。

 頭の中を、これまでの料理がぐるぐると駆け巡る。

 その時、私の脳裏に、王都の市場で見た、あの光景が鮮明に浮かび上がった。

 フィクサー様でさえ「ゴミだ」と言い放った、あの端材の山。

 そして、その中でもひときわ異彩を放っていた、あの素材――。


(あの、しょっぱすぎる涙腺……。誰もが使い道がないと諦める、あの素材。あれなら、私にしか使えないかもしれない……!)


 私の目に、挑戦への強い光が宿ったのが分かったのだろうか。

 私は、フィクサー様を真っ直ぐに見つめて、力強く宣言した。


「やります! やってみせます!」


 その答えを待っていたかのように、フィクサー様は満足げに、ほんのわずかだけ頷いた。

 そのやり取りを、少し離れた場所で、カイル君は信じられないものを見るような目で、ただ呆然と見ていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る