01. Prolog
----転生前、日本
Shibuya Residence Tower 4201
「無い……! 無い……!!」
東京23区のとある明け方のタワマンの1室で、俺はひたすら叫び続けていた。
モデルのような可愛い彼女と同棲して1年、結婚も視野に入れていたが、そこまで信頼していた彼女がいなくなっていた。家にあった現金と、海外口座の残高と共に。
ある日突然全てを失ったのだ。
財布やら鞄やら売って、取り敢えず身の回りの物を現金に替えたが、仕事場では当然気付かれる。よりによって、俺に彼女を紹介した男、
「よぉ、律、金に困ってるなら、俺の家に来るか?」
「悪いな、今それどころじゃない」
こんな状態から月末の各支払いに対処しなければならないからだ。
「俺のマンションに来いよ、家賃も払わなくて構わないからさ」
「誰が好んで男なんかと同居するものか」
こいつは1つ年下だが、歴が長い先輩だ。
先輩に対する口の聞き方ではないが、仕事以外でも付き合いが長く、実力も
だから原因となった彼女の話は出来なかった。そう、俺はこいつのことを信用していたから。
偶然先輩のスマホに届いたポップアップ画面に、行方知れずとなった彼女からのハートマーク付の連絡が届くのを目撃してしまうまでは……。
「廉、お前、俺に何か隠してることはないか?」
「律?」
「……彼女とは今でも親しい間柄のようだな、もしかしてお前、何もかも知っているんじゃないのか?」
ハッとしたような顔の廉に、俺は視線だけで断罪する。
「……さすがは裏社会だ、何が目的なんだ? 俺は……、お前のことは信じていたのに」
冷たく言ったはずなのに、思った以上に
「待ってくれ! あんな女、どうだっていい! 俺はお前が……ッ!」
「聞きたくない!」
あんな女呼ばわりする彼女を紹介したのはお前のくせに。
案外、失った財産がこいつの手中に納まっていてもおかしくはない。
「騙された俺が悪いよな、そしてそれが、この世界のルールだ」
でも俺は、こいつだけは兄弟のように、家族のように、そう……友達以上に思っていたんだ。だから、いつも上手くいかない恋愛の話をしたり、プライベートな話もしていた。
ある時、こいつは言ったんだ。冗談まじりに次で駄目だったら、もう女と付き合うのは止めたらどうだって、最後の最後でドストライクな相手を紹介してきたお前が、まさかこんな裏切りをするなんて……。
「もうお前とは一緒に働けない、契約は更新しないとボスにも伝えたよ、俺はここを辞める、お前とはこれきりだ」
「律!!」
廉は、出ていこうとした俺を説得しようとしたのか、俺を取り押さえようとしてくる。
俺と廉は、要人を警護する裏のSP、互いに戦ったところで決着はつかない。
ある程度の距離を取ってから、俺は一般道では持ち歩けない武器を床に置いた。
「さようならだ、廉、失ったものに未練は無いよ」
廉が何か叫んでいるが、俺は二度と振り返らなかった。
どうしていつも上手くいかないんだろう。
降り注ぐ雨で、心を傷める闇も涙も、何もかもを
ーあれから半年
何とかタワマンを解約し、ほぼ手持ち資金を失い、家賃5万円の家を借りて細々と暮らしている。
助かったのは、亡き祖母から貰った俺名義の通帳だ。これだけは、本当にいつか困った時やら、使う時を決めて使うと決めていた。
これまでと何もかもが違う生活。外にある洗濯機から取り込んだ濡れた服でかじかむ指。
30手前で無職、結婚まで考えていた女には裏切られ、絶望しかなかったが……。
途方に暮れた俺のそばには、1匹の猫がいた。
ちょうどあの日、雨の中で見つけた1匹の黒猫。濡れて汚れて泣きもしない姿は、一瞬ごみ袋か何かだと思って通り過ぎてしまった程だ。不幸な境遇に同情したのか、自分を重ねたのか、俺はその小さな命を連れて帰ったのだ。
瞳の色から『
そんなある日、連絡を無視していた前職の廉からの着信に出て、ただ俺の安否を気遣う様子に絆され、住所を伝えた。
悲劇は起こったのは、その直後だった。
アパートの1室で火事が起きたのだ。木造アパートの火はあっという間に広がり、俺と翡翠は共に虹の橋を渡った。
薄れゆく意識の最後に、先輩の叫び声を聞いた気がした。
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