第5章 — 病気

頭の中を空けようとする。

でも、全部が現実じゃないみたいだ。


何ヶ月もの孤独のあと、誰かと話した。

いや、正確には違う。ドローンだ。

でも、その向こうにいるのは本物の人で、操縦して、僕に話しかけてきた。


あの子は言った。たくさんのものにアレルギーがあって、外に出られないって。

ペンにアレルギーなんて、あるのか。

ホコリならわかる。オイルや絵の具も。

でも、普通のペンに?


どこか引っかかる。

ばかげてる気もする。


パソコンを見る。

調べれば、何か出てくるはず。


机に座る。

消えたモニターに、自分の顔が映る。


いつから髪、こんなだ。

これが僕?

彼女は、僕をどう思っただろう。

彼女は——どんな顔?


電源を入れたほうがいい。

検索を始める。


「ペン アレルギー」

ニッケル、ラテックス、インクに含まれる物質……

あり得る、のかもしれない。


次は。

「空気 アレルギー」


まさか、と思ったら、出てくる。


“空気”にアレルギーの人。 “水”って例まで。

本当か?

さらにスクロール。


「マスト細胞活性化症候群(MCAS)」


じゃあ……可能性はあるのか。

指がマウスの上を走る。

開いて、閉じて、リンクを渡る。


「マスト細胞活性化症候群(MCAS)は、免疫細胞の一種であるマスト細胞が不適切かつ過剰に化学伝達物質を放出することで、多彩な症状を引き起こし得る状態。症状は複数の臓器系にわたり、重症度もさまざまで、アレルギー反応、消化器・循環器・神経・皮膚症状を含むことがある。診断は複雑になり得て、臨床基準と検査所見の組み合わせを要することが多い。」


隔離されて暮らす人の例があるらしい。

家族でさえ、時に負担になる。

二階で寝起きして、もう夫とは一緒に過ごせない人。

病院の無菌室で過ごしていた人。


外で歌声。

たぶん飲みすぎ。

隣の家の車が止まる音。


時刻を見る。19:00。

母さんが帰るのは、いつも21:00より前じゃない。

腹が鳴る。


いつもは台所で食べる。けど、今日はもっと知りたい。

夕飯を部屋に持ってくる。


検索を続ける。

つまり、そういう病気は、ある。


今日は、母さんの料理は少ない。シンプル。

彼女は、全部食べられるのかな。


画面に戻る。時間の感覚が消える。


「陸翔くん、ただいま」

21:06。

母さんだ。


しまった。気づかなかった。皿がここに。

慌てて部屋の外に出す。

何か、転がったかもしれない。


母さんが駆け寄ってくる。


「陸翔くん、大丈夫?」


どう置いたか覚えていない。

鍵を、最後まで回すことしか考えられない。


「元気なら、それでいいのよ」

皿を拾う音。

たぶんこぼした。

布のこする音。床がきしむ。


「陸翔……元気かどうかだけ、知りたいの」


ステレオの電源を入れる。

返事じゃない。

でも、僕と母さんの間では、それが「大丈夫」。


心臓が走る。

この不安は、すぐには消えない。

落ち着くまで、いつも少しかかる。


モニターの光で、何をしていたか思い出す。

部屋を見る。

本。ゲーム。音楽。いっぱい。

彼女の部屋は、どんなだろう。


「手書きみたいで印刷」のメモを思い出す。

記事にあった。塗料はダメ。インクもダメ。粉もダメ。

タブレットの話は、つながるのかもしれない。


信じてもいいのかもしれない。

信じないなら——僕は何を掴んでいる?


外で、小さな音。

羽音。

……いや、気のせいだ。

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