第46話 決意

 金曜の夜になり、体力をなんとか振り絞って荷造りをしている。結局、俺は明日の土曜日に実家に帰ることになった。


「え? タクシー?」


 左手でスマホを耳に押し当てながら、右手で着替えを鞄に詰める。電話先の母親が、実家のある大崎市までタクシーで帰ってこいと言いたいらしい。距離にして50キロくらいあるし、運賃も馬鹿にならないと思うのだけど。


『だって怜、今のあなたが一人で新幹線に乗れるの?』

「仙台駅まで行ければ、なんとか……」

『無理しなくていいから。お父さんが懇意にしているタクシー会社に言っておくわ』

「えっ、タクシーくらい自分で予約するよ」

『いいえ、運転手さんが車椅子で案内してくれるよう特別に頼んでおくから。歩く元気もないんでしょう?』

「……まあ、自信はないかも」

『じゃ、明日の午前十時に予約しておくから。支払いは気にしなくていいから、気をつけて来るのよ』

「分かった、ありがとう」


 礼を伝えたところで、電話が切れた。うちの両親はやや過保護ぎみなのだけど、こういう時にはその方がありがたいのかもしれない。車椅子ってのは少し大げさだと思ったけど……体調が一日ごとにかなり変動していることを考えれば、それも仕方ないかな。


 たぶん、夏休みが終わるまでは実家にいることになるだろう。うちの学部は他学部よりも早く講義が始まるから……九月頭くらいから大学に行くことになるかな。つまり、一か月くらいは仙台を離れるということだ。


 やっぱり、一度は夏織さんに顔だけでも見せるべきだったかもしれない。あの日突然に別れてしまったまま、しばらく会えないってことだもんな。それじゃあんまりだ。


 なんとか夏織さんとの時間を作れないかな。今日はもう無理だし、明日は朝十時になればタクシーが来てしまう。それに、どこかで待ち合わせようにもその場所に行く元気がない。俺の家に来てもらう? ……流石に今の関係値でそれは無理だ。


「ん」


 床に座って考え込んでいると、着信音が鳴った。母親が何か伝え忘れたのかと思い、スマホを手に取ると……画面に表示されていたのは「白兎桜」の文字。


「?」


 アイツうさぎたんが電話って、何の用事だろう。夏織さんのこと? 俺が実家に帰ると知っているはずなのに、何を伝える気なんだろう。


「もしもし」

『白兎だけど。今電話して大丈夫?』

「ええ、なんとか」

『悪いわね、手短に済ませるから』


 いつもはやや高飛車ぎみの白兎が、今日はやたら丁寧だ。何か申し訳なさそうな雰囲気だな。


『ごめん、無理だとは思うんだけどさ。お願いしたいことがあって』

「なんですか?」

『アンタさ、実家に帰る前に……夏織と会ってあげられない?』

「えっ?」


 予想外の言葉に戸惑ってしまう。夏織さんと会えるかな、なんて俺も考えてはいたけど、まさか白兎まで同じことを言い出すとは思わなかった。


「どういうことですか?」

『うーん、なんて言うか……やっぱり夏織、ちょっと落ち込んでて』

「……そうなんですか」


 一瞬、言葉に詰まってしまう。昨日の電話で、夏織さんとの仲は一応元に戻ったと思っている。だけど、やっぱりお互いに思うことはあるみたいだ。


『だからね、なんとかアンタに会わせられないかなって思ったんだけど。無理言ってごめんね、アンタ相当具合悪いんでしょ?』


 きっと松岡から俺の現状を知ったのだろう。ベッドからほとんど起き上がらず、食事も満足に摂れていない。大丈夫ですよと言いたかったが、虚勢を張る体力すらなかった。


「すいません、自分としても会いたいんですけど。明日の朝にはタクシーで実家に帰ってしまうんです」

『タクシー? アンタの実家って県北よね? そっか……なら厳しいか』


 わざわざタクシーで帰るという状況から、いろいろと察してくれたらしい。せっかく気を遣ってもらったのに申し訳ないな。


『分かったわ。夏織には辛抱しなさいって伝えとく』

「ありがとうございます」

『アンタとまだまだやりたいことがあるって言ってたわよ。宅飲みとか』

「ぶっ!?」


 そういやそんなこともあったな!? 初めて(正確には二回目)会ったあの日、夏織さんから宅飲みに誘われたんだったな。そうか、まだ覚えていてくれたんだな。


『まだ早い、って伝えたんだけどねー。夏織、そういうことは絶対に忘れないから』

「夏織さんらしいですね」

『そうそう、松島にも行きたいって言ってたわ。元気になったら連れて行ってあげなさいよ?』

「ええ、もちろん――」


 連れて行きます、と言いかけた瞬間だった。ある考えが思いつく。そうだ、よく考えれば明日の移動手段はタクシー。ルートの融通は利くはず!


『あれ、もしもし? ちょっとアンタ、大丈夫?』

「――すいません、白兎さん。頼みたいことがあります」

『頼み?』

「はい。明日の予定、空いてますか?」

『明日? 特にないけど』

「僕のを務めていただけませんか?」

『代理? 何のこと?』


 夏織さんと交わした約束のひとつ。それは……松島に連れて行くこと。今の自分が完璧な形で果たすことは出来ない。だけど、ほんの一部分だけでも。少しだけでも約束を守りたい。だって――


「明日、あの夜のことを夏織さんに打ち明けようと思います」


 もしかすれば、明日で俺たちの関係が終わるかもしれないから。

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