第22話 お楽しみ

「夏織さん、今度はこうしてみてください」

「そ、そんなにくっつかないでくれ。恥ずかしいから……」

「こうした方が動きやすいでしょう?」

「たしかに、そうだな……!」

「じゃあ力を抜いて、そのまま……」

「は、入った!」

「入ると気持ちいいでしょう?」

「ああ……! こんなことを教えてくれたのは、怜が初めてだ!」

「これからもっと気持ちよくしてあげますよ」

「ほ、本当か?」

「だから、また腕をこうして……」

「ああ」

「よしっ、二投目にいきましょう!」

「やった、また真ん中に入った!」

「ダーツって楽しいでしょう?」

「ああ! こんな楽しい遊びは初めてだ!」


 夏織さんは子どものように無邪気に笑った。さて、俺たちがいるのはホテルではなく――行きつけのダーツバーである。


「怜さん、女の子を連れてくるなんて珍しいっスね!」

「あはは、そうかな?」


 仲良しのバイトが声を掛けてきた。若い兄ちゃんで、金髪にピアスと見た目は少しいかついが、ノリがいいので気に入っている。


「お二人とも、飲み物空っスよ? 何か頼むっスか?」

「私はウーロン茶を頼む」

「俺はジントニックで」

「了解っス! すぐ持ってくるっスね~!」


 兄ちゃんはパタパタとカウンターの方へと走り去っていった。いやあ、それにしてもダーツバーで正解だった。夏織さんも楽しそうだし、あのまま煽られてホテルとか行かなくてよかった。


「怜、見ててくれ! 投げるぞ!」

「はい!」


 夏織さんはよーく狙いを定めて、腕を真っすぐに振り下ろした。いい意味で脱力感のあるフォーム。放たれたダーツが緩やかな放物線を描いて、ブル――的の真ん中――に突き刺さった。


「すっごい、ハットトリックですよ!」

「コツを掴むと楽しいな!」

「ええ、僕も負けませんよ!」


 ボードに刺さった三本のダーツを抜きながら、楽しそうに声をあげる夏織さん。やっぱり、この人はこうでなくちゃ。「酔っちゃった」なんて演技をしなくても、夏織さんは十分素敵な人なんだから。


「さて……」


 夏織さんに負けじと、ダーツボードに向き合う。俺が先攻の501ゲーム。残り点数は俺が151点、夏織さんが220点だ。


 浪人時代にはよく予備校をサボってダーツの練習をしていたから、それなりに上手い自信はあったのだけど……既に夏織さんは俺の腕前に近づきつつある。弓道をやっていただけあって、的を狙うのは得意なのかもしれない。


 残りが151点ということは、理論上はこのラウンドで「あがる」ことが出来る。ブル・ブル・17トリプルがいいだろうな。


 ちなみにブルは50点で、トリプルってのは得点三倍。各エリアに存在する内側にある方の狭い枠(外側にある方はダブルと言って得点が二倍)のことだ。


 クローズド・スタンスで構えて、ブルをじっと見つめる。よーく狙って……投げる!


「おお、真ん中だ!」


 夏織さんが感嘆の声をあげた。まだだ、残り101点! 二投目!


「また真ん中! 流石だな!」

「まだです、あとは17トリプル!」


 視線を下にずらして、17のエリアを狙って……真っすぐ腕を伸ばす!


「どうだ!?」


 ダーツマシンから小気味いい効果音が鳴って……俺の放ったダーツは、たしかに17トリプルに突き刺さった。あがりだ!


「よっしゃあ!」

「見事だ、怜! また私の負けか……」

「あはは、夏織さんは初心者なんだから仕方ないですよ」


 ボードに突き刺さったダーツを抜きながら、落ち込む夏織さんを励ました。さて、随分と遊んだなあ。兄ちゃんがドリンクを持ってきたみたいだし、あれを飲んだら帰ろうかな。


「お待たせっス! ジントニックとウーロン茶っス!」


 兄ちゃんはトレーから二つのグラスを手に取って、テーブルに置いていく。


「サンキュー。これ飲んだら帰るから、会計も頼む」

「了解っス――」

「待ってくれ!」

「「えっ??」」


 不意に聞こえた声に、俺と兄ちゃんが振り向いた。そこにいたのは、ダーツを持って再びボードに向き合う夏織さん。


「わ、私は怜に勝つまで投げるぞ!」

「え、ええっ?」

「勝ち逃げは許さないからな! 怜、早く来てくれ!」

「随分と勝気な彼女さんっスね~」

「ちがっ、彼女じゃ――」

「延長にしとくっスよ! ささ、僕なんか気にせず楽しんでくださいっス!」

「怜、何をしてる!? いいからまたやるぞ!」

「ええ~っ……」


 もう腕も疲れてきたんだけど……まあ、いいか。夏織さんが楽しければ、それが何よりだもんな。ジントニックを一口飲んでから、ダーツを持って夏織さんのもとに向かっていった。


***


「ありがとうございやしたー!」

「いやあ、楽しかったな!」

「ほんと、そうですね……」


 つ、疲れた……。兄ちゃんに見送られながら、ダーツバーを後にする俺たち。駅前のアーケードを歩きながら、地下鉄駅の方に向かう。


 横を歩く夏織さんは、本当に楽し気だ。白兎に何を言われたのかは知らないけど、この人はいつも通りの方がいい。何も無理をして背伸びをしなくとも、本当に魅力的な女性なんだから。


「そういえば」

「ん、どうかしました?」

「桜の言っていたことが分からないんだ。怜が元気になればうまくいく、楽しんでと言われたのだが……」

「ああ、きっとダーツのことですよ」

「そうか? そうなら構わないんだが……」


 首をかしげる夏織さん。……やっぱり、この人ってピュアだよな。むしろずっとそうであり続けてほしい。


「あー!」

「「ん?」」


 後ろから聞き覚えのある声。思わず二人で振り向いてみると――白兎!?


「さ、桜!」

「二人ともー、こんな遅くまで何をしてたのかなっ?」

「えっと、その……」


 俺は言葉に詰まる。まずい、なんて説明すればいいんだろう。変なことはしてないんだけど、何というか――


「桜、怜が私に初めてのことを教えてくれたんだ!」

「えっ」

「本当!?」


 ちょっ、夏織さん!? その言い方、何か誤解を招きそうなんだけど!?


「桜のアドバイス通りだ! ありがとう!」

「よかった~、怜くんもやるじゃん!」

「いやっ、そうじゃなくて――」

「ああ、最初は私が負けてばかりだったが……だんだんコツを掴んできてな」

「へ、へえ……そこまで事細かに説明されると、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「怜が手取り足取り教えてくれたんだ。とても気持ちが良かった」

「夏織って随分オープンなんだね!?」


 違うけど!? どんどん誤解が加速していくんだけど!? っていうか白兎まで困惑してるけど!?


「私がつい何回戦も誘ってしまってな。流石に怜は疲れたみたいだ……」

「な、何回したの!?」

「うーむ、十回は超えているだろうか……?」

「れ、怜くんって本当にすごいんだね……」


 そりゃダーツの試合はそれくらいしたと思うけどさあ! まるで俺がとんでもない絶〇みたいじゃないか! ってか白兎、俺の股間を見るな! 何を想像してるんだよお前は!?


「じゃ、じゃあ私は帰るから。お二人とも、ちゃんと計画的にね……」

「なんのことだ? 桜こそ、気をつけて帰るんだぞ」


 白兎はふらふらと頭を抱えて去っていった。……どうすんだよ、これ。


「怜、『計画的に』とは何のことだ?」

「だ、ダーツの戦略のことじゃないですか」

「へえ、桜もダーツに詳しいんだな」


 そんなわけないだろ! などと心の中で突っ込んでみる。あんまりピュアなのも考え物かもしれないな。


「帰ろうか」

「ええ、帰りましょう」


 夏織さんが再び歩き出したので、俺もそれを追って歩き出す。既にアーケード内の人通りはまばらになっている。終電も近くなってきたしな。


「怜」

「なんですか?」

「今日は本当に楽しかった。ありがとう」


 不意に、夏織さんがペコリと頭を下げてきた。そんなに改まらなくてもいいのに、と思う。


「そんな、頭なんか下げないでくださいよ」

「いいんだ、本当に。それで……」

「?」

「つ、次はいつ飲んでくれるんだ?」


 夏織さんは恥ずかしそうにそっぽを向いて、呟くようにそう言った。――やっぱり、この人は本当に可愛らしい。


「いつでもいいですよ。また連絡してください」

「じゃ、じゃあ明日はどうだ!?」

「明日!? 流石に早すぎません!?」

「そ、そうか。やっぱり嫌か……」

「違います違いますそうじゃないんです! 別に夏織さんと飲むのは嫌じゃないんですって!」

「ほ、本当か!? なら明日に――」

「そういうことでもないんですってばー!」


 やいのやいのと騒ぎながら、誰もいないアーケードを二人で歩く。これが青春、と呼ぶ物なんだろうか。ちょっと人とは変わっているのかもしれないけど――


 こんな青春もアリだな、と噛みしめた俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る