第6話 瞳を探す猫のスヴォボダ②

 ヤナとスヴォボダは何日も倉庫を探し続けました。

 時には重たい壺をヤナがどかしたり、高いところをスヴォボダが見てきたりと、ちょっとずつ協力して猫目石を探していったのです。


 そうして二人はたくさんの宝石を見つけました。

 真ん中に波打つ模様が入ったびぃだま。かがやくザクロみたいなガーネット。どんな海よりも透き通って輝くアクアマリン。

 最初は少しだけぎくしゃくしていた二人でしたが、きれいな宝石を見せ合いっこしながら少しずつ仲良くなっていきました。

 もしかしたら、スヴォボダにとっては瞳が見つかることそのものよりも、あるいはこの時間の方が嬉しいことだったのかもしれません。


 そんなある日のこと。


「ねえねえスヴォボダ! わたし、とってもきれいな宝石を見つけたの!」


「あらまあ、本当ですの? わたくしにも見せてちょうだいな!」


 ヤナはいつものように宝石を差し出しました。

 楽しい見せ合いっこの時間です。


「きれいな紫色……。見通せないほど色が深いのに透き通ってるのだわ」


「でしょでしょ。スヴォボダ、あなたの首元につけたら、とってもお上品になるんじゃないかしら!」


「ふふっ。そうかしら? けれど、それを言うなら、ヤナ、あなたこそ。胸元に付ければ、どこかのお姫様みたいになるに違いないのだわ」


「えー、そうかなあ」


「そうよう、ふふ」


 ふたりは笑います。

 一方が言うとおりに宝石を持って、もう一方が鏡に自らの姿を映しながら。


 きゃっきゃっ。きゃっきゃっ。


 それはほんとうに仲の良い女の子が遊ぶような時間だったのでした。


 そんなとき。

 スヴォボダはきらりと黄色に光る何かを、積み上げられた宝物の奥深くに見つけました。

 それはいつか見た宝石の光そのものに見えて、スヴォボダはまるで誘われるようにゆらゆらと足を進めます。


「スヴォボダ?」


 ヤナの問いかける声にも応えることはありません。


 そして。

 ふ、とスヴォボダの体が金色の燭台に触れました。それは、すいすいと何でも避けるいつものスヴォボダの動きからは考えられないことでした。

 ぐらり、と燭台が大きく揺れます。もしも燭台の足元に金貨が挟まっていなければ、その揺れが何かを引き起こすことはなかったことでしょう。


 けれど、そうはなりませんでした。


 揺れた燭台はうず高く積まれた金塊に倒れ込みます。ぎりぎりのバランスで保たれていた均衡はあまりにもあっけなく崩れ去りました。


 たくさんの金塊が今にもスヴォボダの体に向かって落ちていきます。


「スヴォボダ!」


 声とともにヤナの足が床を蹴りました。

 体を宙に投げ出して、スヴォボダの上に覆い被さります。

 そのわずかな瞬間のあと、硬くて、重くて、かどのある金の塊たちがヤナの体に向かって降りかかりました。


 かん! かん! がしゃん!

 金の塊同士がぶつかり合う固い音がいくつも響きます。

 ヤナは襲いくる痛みに耐えるため、ぎゅっ、と目を閉じて待ち構えました。


 けれど、どれだけ経っても痛みの訪れはありません。

 恐る恐るヤナが目を開けると、目の前には黒色がありました。

 金ぴかに光る宝物たちの合間をぬうようにして、たくさんの黒色がお城の床から糸のように伸びていたのです。

 それらは寄り集まって繭のようにヤナの上を覆い、降り注ぐ金塊からヤナを守っていたのでした。


 からん、からん。


 ヤナが何か言葉を発する前に、黒色の繭は金塊たちをそのすそに落としながらほつれるようにほどけていきました。


 そうしてわずかな間ののちに『いちばん古い倉庫』はいつもの静けさを取り戻します。

 スヴォボダが燭台に触れてからそれまでわずか。小さな子供が時間を数えられる程度の間のことでした。


「ヤナ、ヤナ! 大丈夫!? 大きな音がしたけれど、あなた、大丈夫なの!?」


 胸の下あたりから響くスヴォボダの声に、ヤナは、はっ、と我に帰ります。

 自分を守ってくれた黒色の繭、それをもたらしたひとについて思いを巡らせることを、今は止めました。


「わたしは大丈夫! スヴォボダの方こそ、潰れたりしてない?」


 ヤナはスヴォボダを抱き上げました。

 幸い、スヴォボダにも傷一つついていないようでした。


「スヴォボダにも怪我がなくてよかった! 宝物の山が崩れたの。びっくりしたわ」


 ヤナにはスヴォボダをまったく責める様子がありません。

 それがなおさら、スヴォボダの気持ちをきゅうっとさせるのでした。


「いいえ。ごめんなさい、ヤナ。わたくしが触れて倒したのだわ。奥の方に探している宝石があったように見えたから……周りに気をつけずにいたの。ごめんなさい」


 スヴォボダは頭を深く下げました。

 ヤナを危険に晒したことを強く後悔しているようでした。


「ううん、いいのよ。わたしも無事だったしスヴォボダにも怪我がなかったもの。それより、奥にある宝石を見てみましょ」


「……ありがとう」


 スヴォボダはお礼を言うと、奥の方に向き直りました。

 そして今度はいつもよりずっと慎重に足を進めていきます。やがて後ろ姿は積み重なった財宝たちの隙間に隠れて見えなくなりました。


 そしてしばらく。

 ヤナが心配しながら帰りを待っていると、隙間からひょこっとスヴォボダの頭が現れます。


 その口には、真ん中に真っ白な煌めきが走る蜂蜜色の宝石が二つ。

 猫目石の名に相応しい輝きがそこに咥えられていたのでした。


「きれい! ほんとうに猫の目みたいな見た目なのね」


 ヤナは、思わず声を上げます。

 それに対し、スヴォボダはそっと猫目石を床に置いたあと、満面の笑みで応えました。


「これこそわたくしが探していた瞳だわ。ヤナ、今まで一緒に探してくれてありがとう!」


 スヴォボダの表情は、ヤナが今まで見たことのないくらいの喜びにあふれています。


「ふふふ! 良かった!」


 ヤナもつられて笑ってしまいました。


 まるで、今にも飛び跳ねながら踊り始めそうな二人です。

 二人とも猫目石を傷つけないように大人しく宝石を眺めていましたが、それがかえってドキドキと嬉しいを膨れ上がらせているかのようでした。


 そう。

 きっとこの瞬間、黒の城で一番幸せだったのはこの二人に違いないのでした。

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