勘違いしないでよねっ!
@megyo9
第1話
期末テストが近いせいか、放課後の教室はしんと静まり返っている。ほとんどの生徒がそそくさと帰り支度を終えていく中、私は一人、彼の姿を目で追っていた。
私の視線の先には、クラスメイトの彼――少し頼りないけど、どこか放っておけない雰囲気の男の子がいる。
彼は、テスト範囲である数学の応用問題のプリントを前に、うんうんと唸っていた。
(もう、どれだけ時間かかってるのよ……)
本当は、さっさと帰ればいい。彼が悩んでいるのは、私には関係ないことだ。
わかってる。わかっているけど、どうしても気になって足が動かない。
眉間にしわを寄せて悩む横顔も、時々「うーん」と小さく漏れる声も、なんだか全部、見ていられなくて、もどかしい。
(……仕方ないわね)
私は意を決して、彼の机に向かった。
本当は「大丈夫?」とか「教えてあげようか?」とか、そういう優しい言葉をかけたいのに。
口から出てくるのは、いつも正反対の言葉ばかり。
「まだいたの?そんな問題もわからないなんて、本当に効率悪いわね」
ああ、またやっちゃった。我ながら、なんて可愛げのない言い方だろう。
彼は一瞬、傷ついたような顔で私を見上げた。ほら、やっぱり。
自己嫌悪で胸がちくりと痛む。
「あなたじゃ、どうせ朝までかかっても無理なんじゃない?」
もう最悪だ。心配している気持ちが、焦りになって、さらにキツい言葉になってしまう。
お願いだから、そんな悲しそうな顔しないで。
私が内心で頭を抱えていると、彼は数秒間何かを考えた後、ふいに顔を輝かせた。
「そっか……。心配してくれて、ありがとう、雪宮さん!そうやって俺のこと気にかけてくれるなんて、やっぱり君は優しいね!」
「へ……?」
予想外の言葉に、思考が停止する。
満面の笑みで、彼は私に「ありがとう」と言った。なんで?どうしてそうなるの?
(し、心配してくれて、ありがとう……ですって!?)
私の意地悪な言葉の裏側にある、ほんの少しの優しさを、彼はまっすぐに受け止めてしまったのだ。
その純粋な瞳に見つめられて、心臓がドクンと大きく跳ねる。
顔に一気に熱が集まって、自分でも耳が赤くなっているのがわかった。
(なによ……なによその笑顔……。こっちは、素直になれなくて意地悪言っちゃったって後悔してるのに……。そんな風に笑うなんて、ずるい……ずるすぎる……)
もう、彼の顔をまともに見ていられない。
このままここにいたら、変な声が出そうだ。
「なっ……!し、心配なんかしてないし!勘違いしないでよね!」
私は、ほとんど叫ぶようにそう言った。
「まったく、あなたって本当におめでたいんだから!もう知らない!」
これ以上、心臓がもたない。
私は踵を返し、逃げるように教室を飛び出した。
廊下に出て、荒い息を整える。まだ心臓がうるさい。
「……ばか」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は、きっと夕日のせいにしてしまおう。
教室に残る彼の、嬉しそうな顔が頭から離れなくて、私は一人、顔を覆った。
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