第5話

 一カ月後、隣国の公爵邸にて。


「でも良かったわ。奥様の実家が領民ごと受け入れてくれるなんて。太っ腹ですね」

「私が大切にしている人達は、家族も同然だって。昔から優しい弟なのよ」


 現在オーロラの祖国、レイン帝国ではオーロラの弟が皇帝の座についている。

 オーロラの輿入れの実情は、ロルン王国に買われたも同然だったらしい。


 聖女と引き換えに金や鉱山の権利を得たレイン帝国は、どうにか財政を立て直した。そして貧しさの原因を作り娘を売った父を廃し、弟が後を継いだのだ。


 これまでも帝国に戻ってくるように度々手紙が届いてたようだが、縁あって輿入れした国だからとオーロラは帰国を迷っていたのだ。


(奥様は優しすぎるのよ)


 オーロラは正真正銘の聖女だ。

 与えられた領地だってキャロットの両親とオーロラが来た当時は、本当に酷いものだった。

 それがいつしか人が集まり館を建て、村として機能するまでたった数年。オーロラはグラッセ夫妻の改良した枯れた土地でも育つ苗のお陰だと喜んでいたが、聖女の力が無ければこんな順当に事は進まない。


 だからオーロラがいなくなったロルン王国は、これから衰退するだろう。

 レイン帝国を治めるオーロラの弟君には、全てを話してある。彼は姉の性格を知っているので、キャロットの復讐が知られることはない。むしろ感謝されたほどた。


 強欲なバニラは王妃へ献上する前に自邸の庭に植えるはずだ。

 皇太后にも媚びを売るために、密かに株分けするのは分かりきっている。

 更にバニラは、自慢でマウントを取りたがるタイプだ。お茶会でべらべらと珍しい苗の話しをするに違いない。


 そして見栄を張りたがる貴族は、バニラから言い値で苗を買う。


 あっという間に「スーパー・ミント」は増殖する。そして増えた「スーパー・ミント」は交配の過程で香りを失い、単なる雑草と化す。

 その繁縟力だけをそのままに。


 根だけで繁殖範囲を広げるスーパー・ミントの情報は、既に周辺国に事情を通達してある。周辺国は国境沿いの地下に植物の根を防ぐ壁を作り、念のため駆除剤の製法も伝えておいた。


 ロルン王国とレイン帝国の間には砂漠が広がっているので、乾燥に弱いスーパー・ミントは枯れてしまうので問題無い。


 ついでに渡したもう一つの苗は、キャロットが試作した新種だ。元は栄養の少ない土地でも薪を取るために改良した品種だが、正直使いどころには困っていた。


 他の草木を枯らさないために、その木は樹皮内に住まわせた微生物で岩を解かし栄養にして成長する。半年もすれば巨木になるが、その幹は堅く斧でも歯が立たない。それだけ力が強いので、栄養分として取り憑かれた岩は絡みつく根と幹に覆われ、まるで絞め殺されるようにして砕けてしまうのだ。


(もしあの絞め殺しの木を城の側に植えたら、どのくらいで倒壊するかしら?)


 自分は聖女ではない、ただの庭師の娘だ。だから慈悲なんてないし、理不尽な虐めには倍返し上等である。


 何より大好きな奥様を虐げた王族に、良い感情なんであるはずがない。


(自業自得だわ)


 冷やしたミントティーを飲みながら、キャロットは思う。


***


 その頃王都では、奇妙な草が騒動を起こしていた。


「何よこの雑草は!」


 どこからともなく生えてくるそれは、香りが良かったのは最初だけ。貴族達の自慢の庭園は全て「スーパー・ミント」に浸食され見るも無惨な状況だ。

 特に自慢の薔薇園をスーパー・ミントに浸食された王妃の怒りは凄まじい。


「これを持ち込んだのは、バニラ・ダイヤ公爵令嬢だったわね! ぶっ殺してやる!」


 高値が付くと知って庭の隅へ密かに植えた事を棚上げし、王妃は地団駄を踏んで王族とは思えない下品な暴言を口にする。尤も、彼女は「某伯爵家の娘」とされているが、爵位は王が買い与えたもので本当はただの旅の踊り子だ。


 怒りにまかせて花瓶を床に叩き付けた王妃に、ドミニクが恐る恐る進言する。


「お待ちください母上、良い知らせもございます」

「まあ、ドミニク……どうしたの?」


 それまでのヒステリーが嘘のように、王妃は柔らかな笑みを浮かべて愛しい息子を手招いた。


「バニラ嬢が城の外壁に挿し木植した苗が根付きました。今は細い枝ですが、頑丈で剣でも斧でも歯が立ちません。これを国境沿いの拠点や城壁に植えれば、我が国は鉄壁の守りを手に入れられます。木が育った頃合いを見て、隣国に戦争を仕掛けてはいかがでしょう?」


 バニラを婚約者の立場から排除するチャンスだったが、金をかけず城の防壁を作り出せるとなれば話は変わってくる。ロルン王国は戦力には自信があるが、防御の面で脆さを指摘されてきた。しかし息子の言うとおりなら、他国と戦になっても攻め入られることはない。


「……それなら、庭の件は不問にしましょう。でもスーパー・ミントの駆除と庭園の再生費用は公爵家が出すよう命じなさいね」

「寛大なお言葉、ありがとうございます母上」


 これで一安心だと、ドミニクはほっと息を吐く。


 しかしスーパー・ミントは至る所にはびこり駆除は一向に進まない。

 そして美しいと評判だった城も、一年を持たずに堅い木に覆われ倒壊した。

 バニラとドミニク、王族達がどうなったか。それは推して知るべしである。

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偽聖女のささやかな復讐 ととせ @bm43k2

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