ニ 禁忌
しかし、そんな古くからある祭なのにどうしてこんなにもわからないことだらけかというと、やはりそれはその秘密主義に原因があるのだろう。
先程も言ったように祭へ参加できるのは頭屋だけだが、お宮の中へ入れるのも頭屋のみであり、祭の日以外は社殿の扉が硬く閉ざさ閉ざされ、厳重に鍵がかけられている。
また、その頭屋ですら祀られている御神体を見ることは許されず、実際、祭壇には何が祀られているのか? 今ではそれを知る者も誰一人としていない始末だ。
そうなると、分別のつく大人ならばともかく、俄然、好奇心を掻き立てられてしまうのが思春期の少年というものである。
「御神体がなんなのか? 俺達で確かめてみようぜ?」
中学二年の冬、友人のAが唐突にそう切り出した。
その年、Aの親が頭屋…しかも臨時の宮司となっており、社殿の扉の鍵を預かっていたのだ。それをこっそり拝借すれば、密かにお宮へ侵入できるというわけである。
「ああ。またとないチャンスだしな」
「やらない手はないってもんだ」
何もない田舎暮らしに刺激を求めていたということもあり、誘われた俺と、もう一人の友人Bは一も二もなくそれに賛同した。
祭の夜、村の公民館に集まった頭屋の者達が、装束を整えると供物を携え、午後八時には六連宮へ向けて出発する。宮司は例の黄色い束帯、他の者達は白い束帯に黒い烏帽子の普通のものだ。
こっそりついて行って祭の様子を覗き見たい気持ちもなくはなかったが、バレる可能性も高いし、二度も山道を往復するのもしんどいんでそれはやめにした。
俺とBは頭屋達が帰ってくるのを待ち、深夜0時に自宅を抜け出してAの家まで自転車で行くと、忍び足で玄関を出てきたAと合流する。無論、その手にはしっけいしたお宮の鍵が握られている。
「親父は酔って眠ってるから鍵借りるの余裕だったぜ……よし、行こう」
頭屋達は祭の後、すっかり気を抜いて公民館で酒盛をしたようなので、俺達の悪巧みに気づく者はいない……街場と違って深夜に出歩いているような者も皆無なので、真っ暗な田舎道を自転車で滑走すると、わずかな時間で蓮田山の麓へと到着した。
だが、ここからが少々大変だ。街灯もなく、普段は人も入らない荒れ放題の山道を、心許ない懐中電灯の明かりだけで登らなければならないのだ。
「…ハァ……ハァ……けっこう傾斜キツイな……」
「それに雑草も生え放題で歩き辛え…ハァ……ハァ…」
「それよか、やっぱ寒ぃな…ハァ……ハァて風邪ひいちまいそうだよ……」
足に絡みつく邪魔くさい枯れ草を踏み分け、肺を凍てつかせる二月の冷気に白い息を吐き出しながら、俺達は文句たらたらに山道を登った。
それでもしばらく山登りをがんばっていると、ようやく俺達は頂上へと到着する。
「……ハァ……ハァ……着いた。あれだ……」
そこには、満天の星空を背景にして、黒々とした社殿が異様な存在感を放って立ちはだかっていた。
星がよく見えるという評判だけのことはあり、真冬の澄んだ空気の中で見る星空は、思わず見惚れてしまうほどにほんと美しい……。
一方、対称的に濃い黒い影に覆われた六連宮の方は、けして大きな社ではないのだが、なんだかその闇に吸い込まれてしまいそうな、人を圧倒する不気味な威圧感がある。
星を見るには絶好のスポットだというのに、この蓮田山へもやはりみだりに近づいてはいけないと村ではいわれている……なので、大人に内緒で昼間に登ってきたことは何度かあったものの、夜、ここへ来るのはこれが初めてだったりもする。
その威容を誇る社殿の正面には、普通なら格子戸とかになっているところ、分厚い鉄の扉が嵌められ、頑丈なデカい南京錠が用心深くかけられていた。
「こりゃ、ほんと鍵ないと入るの無理だな……」
そう言いながら、さっそくAが拝借してきた鍵を差し込み、巨大な南京錠をカチャカチャと鳴らし始める。確かにこの鉄の扉はちっとやそっとじゃこじ開けられるものではない。
「よし! 開いたぞ!」
しかし、俺達には鍵がある。別にこじ開けなくとも正々堂々(とは言えないが…)、正規の手段で入ることができるのだ。
わずかの後、重厚な南京錠はいとも簡単に外れ、ついに秘密の扉は開かれることとなった。
「せーのっ…!」
さらに俺達は力を合わせ、重たい鉄の扉もひと一人通れるくらいにまで隙間を空ける。
「あんまし変わったとこはないな……」
その隙間から懐中電灯を差し込んで照らしてみると、特に変わり映えのしない、普通の神社の本殿のような空間がそこには広がっていた。
正面奥の祭壇の前には、頭屋が供えていったと思われる牛肉やら魚介類やらが並べられている。
一つだけ、よくある神社と違う点といえば、普通は御神体として鏡や御幣が祭壇の中央に置かれているところ、
「寒っ……」
開けた鉄扉の間をすり抜け、社殿へ一歩足を踏み入れると、外以上に冷たい空気がピリピリと肌を刺し、異様な緊張感で内部は満たされている。
「この中だよな? よし。開けるぞ……」
「秘密の御神体といよいよご対面だな……」
その威嚇するかのような冷気の中、AとBはすぐさま厨子に取り付き、嬉々とした様子でその扉を開けにかかる。
「なあ、やっぱりやめないか? バチ当たったりしたらヤダし……」
対して俺はというと、厳かというよりは畏怖を覚えるようなその場の空気感に、一人だけビビって躊躇していた。
それまでは興味津々だったのだが、好奇心をも覆い尽くす、異様な恐怖心が急に襲ってきたのだ。
「なんだ? ビビったのかよ? ここまで来てやめとかありえないだろ?」
「そんな腰抜けは今後、ビビリくんと呼ぶの決定だな」
俺がやんわりと計画の中止を申し出ると、案の定、二人は俺を嘲り笑ってからかってくる。
「べ、別にビビるとかじゃねえし。た、ただ、やっぱり神さまだし、ちょっと失礼に当たるかなって……」
思春期のこともあり、そう言われてしまうと俺もイキがってそれ以上は強く出られず、ただ変な言い訳をすることしかできない。
「まあビビリはそこで見てろ。俺達が開けてやるからよ。Bはこっち照らしててくれ。手元が暗くてよく見えないんだ」
「了解。じゃ、君は見学していたまえ。腰抜けのビビリくん」
なおもからかってくる二人の行動を、やむなく俺は黙って見守る……それでもやはり言いようのない畏怖の念に駆られ、俺はこっそり手を合わせると、「すみません。ご無礼をご容赦ください…」と心の中で許しを請うたりもする。
「金具が外れた。じゃ、いくぞ……」
「さあて、いざ、ご開帳ぉ〜」
その間にも扉の金具をAが外し、おちゃらけた調子のBが懐中電灯で照らす中、長年閉ざされていた厨子の扉はついに目の前で開かれた。
「……!」
その瞬間、AもBも、そして俺も、その中に何かを見た……おそらくは〝トカゲ〟の言葉を連想させる、衝撃的な何かを……。
だが、俺の記憶はそこで途切れ、次に意識を取り戻したのは、翌朝、すっかり日も上がった後の自宅のベッドの中だった──。
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