星のおまつり
平中なごん
一 奇祭
〝トカゲ〟──なぜかその言葉だけが脳裏に深く刻まれている。
なんだか頭の中に靄がかかっているような感じがしていて、あの時、本当は何を見たのかまではどうしても思い出せない……だが、不気味なその単語の象徴する忌まわしき存在が、あの事件に関わっていたことは間違いない……。
日暮れ時、橙色に染まる商店街をぶらぶら歩くと、短冊の吊るされた緑の笹や七夕飾りが、夕風に揺れながら店先を鮮やかに彩っている……今年もまた、七夕の季節がやってきたようだ。
七夕とは直接関係ないし、季節もぜんぜん違うのだが、その祭の性質を考えると、どうしてもあの事件のことを思い出してしまう……。
七夕といえば、織姫・彦星の伝説にもとづく星のお祭であるが、俺の生まれた村にも星にまつわる奇妙な祭があった。
その祭は二月の四日か五日頃、節分の翌日、立春に行われ、〝星まつり〟と呼ばれていた。
祭といっても村人が総出でお参りに行ったり、お神輿が出たり、屋台が並んだりするような賑やかなものではない。村外れに蓮田山(はすだやま)という星がよく見える小高い丘があり、その頂きに建つ〝
もちろん俺は参加したことないのであくまで聞き伝てなのだが、その祭祀の仕方もずいぶん変わったものになっているようだ。
六連宮は小さなお宮のため、宮司などの神職も常駐しておらず、また、それとは別にある村の鎮守さまの神社の宮司もなぜか祭には一切関与していない。
六連宮がいつからあるものかはわからないが、とにかく大昔から存在しているらしく、一方の鎮守さまは意外や明治維新後に建てられたもののようなので、あるいはそうしたことが理由にあるのかもしれない。
ともかくも、〝星まつり〟は完全に頭屋の者のみで行われ、祭の中心となる臨時の宮司もその中から選ばれる。
そして、これは実際に俺も見たことあるのだが、臨時の宮司は特別に鮮やかな黄色をした衣装を着させられる。
その黄色い衣の宮司指導のもと、頭屋の者達が六連宮へ向かい、牛肉や魚、タコなどの生臭なお供えをして祝詞を唱えるというのが大まかな祭の流れである。
神前に牛肉を供えるというのは、なんだか血生臭くてそぐわないような気もするが、古い時代にはもっとスゴくて、驚くべきことにも牛の首をお供えしていたらしい……。
最早、じつは邪教の祭祀なんじゃないかと疑りたくなるようなレベルだが、この〝星まつり〟、ではいったいなんのための祭なのだろうか?
これは後に調べてわかったことなのだが、仏教でも旧暦の冬至、元旦、立春なんかに北極星や北斗七星を祀る〝星まつり〟、あるいは〝星供養〟とも呼ばれる儀式がある。
まあ、時期的にもかぶるし、もともとはそうした仏教系の祭祀だったとも考えられなくはないのだが、お宮の名前などからすると、どうやら祀る対象がそれとは違う。
お宮の名前は〝六連宮〟だが、〝昴〟──牡牛座を形成するプレアデス星団を古くは〝
プレアデス星団がよく見えるのも一月から三月にかけてのようだし、そことも一致しているのでまあ間違いないだろう。
ちなみに神道でも〝昴〟を
以前、どっかの大学の先生が調査したところ、古代の祭祀場跡みたいなものが境内から発見されたとも聞くし、もしかしたら太古の昔より連綿と受け継がれている、原初的な信仰がその元になっているのかもしれない。
もっとも、六連宮の建つ〝蓮田山〟という地名は、麓に蓮池があったからという説もあるようだし、だとするとやはり仏教系の〝星供養〟が変化したものである可能性も否定はできないのであるが……。
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