23【ヴォラン】

 今回の件に前例はなく異例。


 貴族と平民の結婚が認められていないのに、結婚を無効にしていないとは。


 まさか勝手に結婚の事実が消えると勘違いしていたなんて。


 ジュリアンの結婚歴に傷がつくことはない。騙されていただけなのだから。


 かなり同情の声が集まり、二人の悪意に負けなかったジュリアンは多くの女性から支持を得ている。


 裁判官や傍聴席にいた国王陛下夫妻も呆れ返っていた。


 先代公爵の息子とは思えない愚かさ。

 領地で隠居生活を楽しんでいた二人はすぐさま王都へ呼び戻された。


 厳しい人ではあるが間違ったことが嫌いなお方。息子の不始末を取るために再び公爵へと返り咲き、一生をかけて償わせて欲しいと申し出た。


 スレット伯爵家にサイラードとリフォルドの二大公爵家が後ろ盾となり、一気にその名を国中に轟かせることとなる。


 現当主でもあるロックスは悩むことなく私達の手を取った。

 自分ではなく、未来に生まれる新しい当主のために使えるものは使い、不安定な立場を確固たるものとしたのだ。


 その貪欲さがリフォルド公爵に気に入られて、最近ではよく屋敷に招かれているとか。


 判決が出る前に公爵は勘当され身分を失っている。


 自らを守る唯一を失くしたことにより、かなり荒れていたと聞くが現実は覆らない。


 公爵として裁かれていればリフォルド家の歴史に終止符を打つところだっのだ。


 むしろこれは、懸命な判断である。


 そんなことも理解せず実の親を、買収された愚か者などと叫ぶ。


 アレクサンダーはジュリアンの一件を知らなかった。


 「あんなこと」とパーティー前日の夜の単語をセットで突き付けても無反応。

 意味がわからないと怪訝そうに顔をしかめては、不当な取り調べはやめろと暴力に訴えようとした。


 あの女……オリビア。


 街に出入りする私を見て一目惚れをした。


 すぐさま情報屋から私の情報を買ったと、フェイから証言は取れている。


 私が公爵であることは伏せて、不定期にあの建物で読書を楽しんでいるとだけ。


 度々、ジュリアンとロックスと一緒の場面を見られ、私がジュリアンに好意を抱いていることも女の勘とやらで見抜いた。


 それが……理由だったんだ。


 アレクサンダーを誘惑し、思い通りになるよう虜にした。


 借金で家が没落した真実を、ジュリアンのせいであると嘘をついて自害をさせようとするなんて。


 その事実をフェイから告げられたとき、死にたくなった。


 私がジュリアンを苦しめる全ての元凶。


 笑顔も尊厳も、何もかもを奪った。


 謝って済むことではないが、秘密にしたままジュリアンの傍にいるなんて出来ない。


 嫌われる覚悟で全てを話せば、私が責任を感じることは一つもないと。


 その優しさが愛おしくて、抱きしめたいと思いながらも適度な距離を保ち、悪くないと言ってくれたジュリアンに感謝を述べた。


 侍女だったローラ。二人の純愛を守るために悪女を懲らしめる大役を任されたと意気込んでいた。


 パーティー前日もゴロツキを屋敷に通すために一役買った協力者。


 ジュリアンがアレクサンダーに相手にされなくて夜な夜な泣いている。哀れで可哀想なジュリアンのために男を用意してあげた。


 そんなバカげた嘘を信じ込み、屋敷の者が寝静まった頃に怪しまれないよう執事の恰好をさせたゴロツキを堂々と正面から招き入れたのだ。


 私としては終身刑では納得がいっていない。他国の死刑制度を取り入れるべきだと進言したいくらいだ。


 「姉さん。ヴォラン様が見えたよ」


 先に入ったロックスは窓を開けて風通しを良くする。


 扉は閉めないまま、ジュリアンの侍女が来るまで中には入らない。


 家族と幼馴染みとはいえ、男二人と同じ空間にいたら萎縮させてしまう。


 ジュリアンには怖い思いをして欲しくない。


 ほとんど毎日、顔を出しているのに迷惑がることなく歓迎してくれることが嬉しくて、調子に乗ってついつい来てしまうんだよな。


 「ヴォラン様。お忙しいのに来て頂いてありがとうございます」


 社交に参加するようになったとはいえ、そこまで忙しさは感じていない。


 ジュリアンと会うために頑張っているだけで。


 つまりは会いたいだけなんだ。私がジュリアンに。


 「気にすることはないよ。私が会いたくて来ているんだから」


 本音も本心も隠さない。


 私との婚約に前向きになれないジュリアンを急かすつもりではなく、想いは言葉にしないと伝わらないから。


 「ヴォ、ヴォラン様!」

 「どうしたんだ。急に大声なんか出して」


 顔を真っ赤にしたジュリアンは、ロックスと侍女に合図を送り退室を促した。


 完全ではないものの扉はほとんど閉められる。


 「私はヴォラン様が……ランが好きです。ずっとずっと大好きです」


 か細く震える声。一言も聞き逃さないように耳を傾ける。


 震えているのは声だけではない。私に伸ばされた手もだった。


 小さなその両手は私の手を包む。


 「ランになら触れられるの」


 どんなに気丈に振る舞い、平気なふりをしてもジュリアンが受けた辱めや恐怖は計り知れない。


 ──私と会うことも恐怖だったのではないだろうか?


 優しさに甘えて気付かないふりをするのは最低おろかだ。


 会いたいのも傍にいたいのも、私のワガママでしかないのに。


 ジュリアンに負担をかけてしまうのであれば、私はここに来てはいけない。


 ジュリアンの気持ち以上に有線するべきことはないのだから。


 「公爵夫人として至らないけど、ランの隣で立つに相応しい淑女になるから……傍にいてもいいかな」


 時が止まったような感覚。


 だって……それが意味するのは……。


 衝撃が強すぎて現実と夢の区別がつかない。


 手に伝わるジュリアンの温もりは本物。これが夢だとしたらかなりリアルだ。


 現実であると確かめようにも部屋には私達だけ。ロックスと侍女は退室しているんだった。


 窓を吹き抜ける風も日差しも、何もかもが現実であると証明しているのに、どこか信じられない自分がいる。


 幼馴染みであったとしても、公爵位の私が頻繁に会いに来たら急かし圧をかけていると思われてもおかしくはない。


 …………違う。ジュリアンはずっと“私”に接してくれていた。

 あの頃に戻ったかのように、身分なんて関係なく。


 私に気を遣ってくれているのではなく、紛れもない本心。


 考えて考えて。毎日、考えてくれたんだ。


 「完璧じゃなくていいから」


 無理に頑張らなくても、ジュリアンはもう立派な淑女。


 至らぬ点なんてない。


 私に想いを告げるために恐怖と向かい合い、勇気を出して一歩を踏み出した。


 ならば私も真摯に向かい合わなくては。


 ジュリアンのためにと自分の気持ちを偽りたくない。


 「ジュリアン。君が笑ってくれていることが私にとっての幸せなんだ」


 私の隣にいたいと言ってくれたジュリアンの未来を、ジュリアンが大切に想う人々の笑顔を守りたい。


 それが簡単なことではないことくらいわかっている。


 壊れてしまわないように、抱きしめた。


 私の鼓動は多分、ジュリアンに聴こえている。

 いつもより速く、体の熱も急上昇。


 安心させられる言葉なんて浮かばない。


 そんな簡単に取り除ける恐怖ではないのだ。


 ふとした拍子に記憶がフラッシュバックする。


 大勢の目に耐えられなくなるときもある。


 大丈夫なんて、そんな安直な言葉を求めているわけではないだろう。


 「私はジュリアンを傷つけたりしない。その笑顔も奪わない」


 そっと体を離し、その場に片膝を付く。


 「約束する。苦しみも痛みが過去になるように、毎日を幸せで彩ると」


 幸せに続くための一歩。


 小さいかもしれないが、私達にとっては大きな前進。


 もう迷わない。間違えない。


 私は愛するジュリアンと共に歩んで行く。

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