20

 十年前。


 私がアレクサンダー様を好きになる少し前。


 見てしまったんだ。


 ランに早く会いたくて、ロックスが街の友達と話している間に一人でいつもの場所に行ったとき。


 青みがかった緑色の髪をした天真爛漫な女の子にプロポーズしているランを。


 真剣な眼差し。


 そこに立ち入ってはいけない気がして、来た道を戻りロックスと合流した。


 少しでも時間が過ぎれば彼女はもう帰っているはずだから。


 見たくなかった。ランが他の女性と一緒にいる姿を。


 モヤモヤとズキズキ。ぐちゃぐちゃになった感情が胸を締め付ける。


 あの頃の私は幼すぎて、漠然とした「嫌」の正体が分からなかったんだ。


 アレクサンダー様と愛のない結婚……ただ私を苦しめ不幸せにするためだけの時間で気付いてしまった。


 どうして嫌なのか。何が嫌なのか。


 アレクサンダー様を好きになった理由を。


 「忘れたかった。ランのこと」


 自分勝手に、私達はずっと一緒にいるのだと信じていた。


 隣にいることが楽しくて、ランに呼ばれる自分の名前がもっと好きになっていたんだ。


 何気ない日常が特別に変わる。


 会える日が待ち遠しい。


 それは……恋であると知るには私は幼く無知であった。


 「傍にいたかった。ずっと……。許されるならランの隣に」


 胸の痛みは時間が経つにつれて増していく。


 ランのことを考えると痛み出すだけで、普段は何ともなかったから特に相談することもなかった。


 運命の日、とでも呼ぶべきか。


 国中の貴族にリフォルド家からパーティーの招待状が届く。


 ロックスは熱で寝込み、両親も私に無理はせず欠席していいと優しく言ってくれた。


 いつもの私なら迷わず首を縦に振るところ。


 でも、あの日は違っていた。


 自分の意志で行くことを決めたんだ。


 アレクサンダー様に恋をしたのは、私が無知で愚かだったから。


 「似てると思ったの。凛々しく何者にも動じない姿が、ランに重なって見えた」

 「ちょ、ちょっと待って。自惚れじゃなかったら、まるで私のことが好きだと言ってるように聞こえるのだが……?」

 「うん。アレクサンダー様と結婚して、好きになった理由を考えたとき、ようやくわかったの。私はランが好きなんだって」


 アレクサンダー様を好きじゃなくなったから、何をされても酷いことを言われても、心を無にすることが出来た。


 心が傷つかないわけではなかったけど、最初の頃と比べて絶望はしてなかったと思う。


 「ジュリアン。聞いて。私に婚約者はいない。君が見たのはイトコのナーシャ。好きな人がいて、逆プロポーズをしたいからどんな風に言ったらいいか見本を見せろとせがまれたんだ」

 「じゃ、じゃあ、その……私の勘違いってこと?」

 「そうなるね。だけど。勘違いをさせることをしたのは私だ。本当にすまない」


 恥ずかしくなった。


 急激に体温は上がり、顔は真っ赤。火が出るほどに熱い。


 隠れられる場所なんてないから逃げられないでいる。


 私が勇気を出して確認していれば、こんなことにはなっていなかったということ。


 傷つくのが怖い。


 子供じみた理由から現実から目を逸らしたんだ。


 もしも認めたら?そんな恐怖が瞬時に頭を支配した。


 怖いことから逃げて、都合の悪いことは見ないふりをして。


 私は臆病でなく卑怯者。


 「ジュリアン。私はずっと、君だけを好きで愛している。もしも許されるなら、隣に立って今度こそ君を守っていきたい」


 真紅の瞳はもう揺れていない。


 揺るぎない覚悟と決意を宿す。


 私の無知と勇気のなさが今回の一件を引き起こした。


 そんな私に彼の手を取る資格があるのだろうか……。

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