16

 この場には似つかわしくない男性が三人。


 彼らは叫ぶ。アレクサンダー様の目の前で襲うふりをするように頼まれただけと。

 仕事として請け負っただけなのに、こんな大事になるなんて聞いていない。


 所謂、何でも屋と呼ばれる彼らはオリビアの命令で私を襲った人ではなかった。


 逸る鼓動をどうにか抑える。


 「(姉さん?)」


 大丈夫。あんなの忘れてしまえばいい。


 「(手が震えて?まさか……)」

 「ロックス!何をしている!!やめろ!!」


 ロックスの怒りはアレクサンダー様でもオリビアでもなく、彼に向けられていた。


 胸ぐらを掴み、殴ろうとしていた手はヴォラン様によって止められる。


 「どうしたんだ一体」

 「失礼しました。ここは人が多すぎるので、後でお話します」


 完全ではないものの落ち着きを取り戻したロックスは大きな深呼吸をする。


 「違う違う違う!!嘘をついているのはそっち!!常識で考えてわかるでしょ!!アレクからも何か言ってよ!!」


 あんなにオリビアの味方だったアレクサンダー様は冷静な頭で考える。


 ずっと信じてきた“真実”が嘘であったら?


 後悔に揺れる瞳が私を見据える。


 殺意に満ちていたあの日々とは違う。まるで許しを乞うかのような。


 「アレク?まさか私を疑うの!?酷いわ!!その女は私達の仲を引き裂いたのよ!!」

 「オリビア……。すまない。その嘘は……信じてあげられない」

 「どうして!!?アレクはいつだって私を信じてくれたじゃない!!」

 「だって……理由がないだろう?ここまで手の込んだ嫌がらせなんて」

 「そんなのわからないわ!!私とアレクに嫉妬したその女が……」


 きっともう、被害者になれないと理解した。


 周りの目が、用意された証人が。


 項垂れるオリビア。誰にも同情されることはない。


 「そうだわ!ジュリアンさん!!」

 「は、はい」


 突然、呼ばれて反射で返事をしてしまう。


 「アレクを貴女に貸してあげるわ!」


 急に何を言い出すのか。


 意味がわからず会場がポカンとする。


 アレクサンダー様でさえ耳を疑っていた。


 「アレクのことが好きなんでしょう?週に四日、貴女の寝室に行かせてあげる。それで今回の件は終わりにしましょう。ね?」


 被害者にはなれないから、私を懐柔して罪をなかったことにしようとする。


 「そうだ!ドレスも宝石も好きなのを買って貰うといいわ!公爵夫人の座も貴女に譲ってあげる」


 必死に提案してくる内容は全て上から目線。


 私なら必ず受け入れてくれると謎の自信に溢れたオリビアは、この件は終わりと言うようにパーティーを続けようとする。


 もしも。アレクサンダー様を好きでいたあの頃なら、この提案を私は受け入れたのだろうか?


 考えてみた。


 私がアレクサンダー様を好きでいたときに、アレクサンダー様からの寵愛を受けるオリビアにそんなことを言われたら……。


 「いいえ。私には必要ないわ」

 「……は?何言ってるの?」


 ガラリと一変した雰囲気。可憐な乙女ではない。


 私を見下し、敵と認識した蔑みの目。


 「貴女如きのためにこの私が!!下手に出てあげているのよ。有難いと思いなさい!!アレクに相手にもされない、たかが伯爵令嬢の分際で!!」

 「相手にされなくていい」

 「は?」


 視線はオリビアに。言葉はアレクサンダー様に。届くかどうかわからないけど、強がりではない私の本音を伝える。


 「私はアレクサンダー様をお慕いしていないから、相手にされなくても、今までと同じように無視してくれて構わない」

 「ぷっ!あはは!強かっちゃって!あーはいはい。そういうこと。貴女、そんなにアレク以外の……」

 「おい、黙れ」


 ドスの効いた低い声。


 ロックスは怒っていた。息を飲み、後ずさってしまうほどの、明確な怒り。


 敵意ではなく殺意。


 騎士でさえたじろぐ。


 整った顔が怒りで歪む。


 「姉さんの尊厳を踏み躙っただけでなく、名誉も傷つけるつもりか」

 「ひっ……!わ、私は……」

 「そのことをここで言うなんて、絶対に許さない。口外してみろ。お前を殺してやる」


 二人が何を喋っていたのか。声を潜めていたから聞こえなかった。


 ただ、オリビアは……その場に膝から崩れ落ちて恐怖に震えながら涙を流す。


 嘘泣きではなく本気の涙。

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