メルレポート

星埜銀杏

Episode00 プロローグ

#00 開幕オブ終幕

 全てが終わった。そうだ。魔界を震撼させた、あの事件が無事に解決した後で。


 まだ蝉は鳴いていないが、とても暑い熱い初夏。


「罪な詰みね」と一人の少女が力なく、から笑う。


 孤独に。


 そののち静かに本を閉じる。


 パタリと乾いた軽い音を虚空一杯へと響かせて。


 今しがた閉じた本の表題をメルレポートという。


 それは紅〔くれない〕の魔本と呼ばれるもの。魔界に在った歴代魔王のそれぞれが生き様を書いた本。国宝とも言い換えられる。そんな大事なものが、何故、人間界であるココにあるのか。その理由は追々語られる。今は、ここに在るとだけ。


 兎に角。


 少女は緑のカーテンで暑い日射しを遮った涼しげなテラスで冷えた紅茶を嗜む。


 コクリ。


 一口だけ紅茶を流し込んで微かに喉を震わせる。


 ふうっ。


 紅茶を飲んだあと大きなため息をつく。まるで、なにかを後悔してるかのよう。


『日が射したから日傘した。おほうッ。最高ッ!』


 ふふふ。


『さすがは俺様だ。余の心意気には不可能というギャグは記されてはいないのだ』


 意味分かんない。……君は、いつもそうだった。


 始めはユニークスキルが寒いギャグってさ。なんの役に立つのよ、って思った。


 でもね。


 少女は静かに笑う。ただ一人で、ただ寂しくも。


 妄想か。私の妄想だ。そうだね。魔王は、もう隣にはいない。私は一人なんだ。


「罪な詰みね」と少女が笑う。寂しくも哀しくて。


 寒い。心が。日差しは暑いのに。だからこそ寒いギャグが聞きたい。魔王が言いそうなギャグを。うん。いつもいつも君は寒いギャグを放っては自爆してたね。だけど、そんな君だったから私は君を好きになった。メルちゃんのライバルになったの。


 また紅茶を喉に流し込んで涼をとる憂いの少女。


 コクリ。


 ふふふ。


 紅の魔本。複数あるコレの一冊を探して私達は魔界中を旅した。魔王とメルちゃん、そして私とゴブリンのゴンの四人でさ。もちろん一筋縄じゃいかない旅でさ。辛い事も沢山あって四人で必死で頑張ってさ。でも不思議と楽しかったんだ。


 彼らとの愉快で爽快な魔界の漫遊はさ。ふふふ。


 というか平和が好きで本の虫な魔王が紅の魔本を探し求める旅って皮肉だよね?


『てか、はいはい。魔王さん、もう一つギャグってもいいですか? グリコさん』


 ねぇねぇ。グリコさん。余からのおねぐわぁい。


 ふふふ。


 ギャグるって。なによそれ。意味が分かんない。


 また静かにも一人微笑む憂愁にとらわれた少女。


『というかだ。もう初夏。だからこその猛暑かッ』


 寒いッ!


 真面目に周りの温度が五度くらい下がったわね。


 目算だけどさ。間違ってない。魔王の寒いギャグには、それ位の威力があるわ。


 つうか。


 と少女の妄想という幻想の中に大声が響き渡る。


 ほいや。


 と可愛らしくも愛らしい高いトーンの声が謳う。


 ふしゅるる。魔王、そろそろ死んどけや。おう?


 あたしにも出番をプリーズなんだわさ。オッケ?


 続けて。


 妄想中を鈍く重苦しいゴインという音で満たす。魔王が鉄拳制裁を受けたのだ。


 というかだ。メルちゃんを忘れちゃいかんぜよ。


 赤毛のツインテールな爆裂美少女なメル様をね。


 すわ、メルレポートという紅の魔本を書いたメル・サプージュ様をね。メル様こそ至高。メル様こそ究極神。メル様こそ……、うっさい。メルさん、代わって下さい。オレと。このままじゃオレの出番がなくなっちゃう。オレの名はゴン……。


 ゴンこそ、うっさい。魔王と一緒に死んどけや。


 いや、あたしが鏖〔みなごろし〕にしてやんよ?


 おおう?


 アハハ。


 憂いを帯び憂愁にとらわれていた少女が笑う。大口を開け朗らかに笑い転げる。


 無論、それは単なる妄想でしかない。でも妄想でも彼女の中でソレは大きくて。


 だねよ。そうだ。君達は、そういうヤツらだった。誰かが沈んでる時ほど、わざとふざけて笑わせてた。その誰かを幸せにしてた。だから私は魔王を倒す使命を帯びていたにも関わらず協力しようって思えたんだ。うん。今、思い出した。


 ふふふ。


 でも始めは……、いつ寝首をかこうかって……。


 静かに青い瞳を閉じてから天を仰ぐ微笑む少女。


 うん。今の私にはコレがあるんだ。紅の魔本が。


 また静かに息を吐き出して大きく深呼吸をする。


 うんッ!


 ……これから、また熱くなりそう。とびっきり。


 少女は、紅の魔本を手にとってパラリといった軽い音を立てて表表紙をめくる。


 そして。


 書かれている文字を慈しむかのよう、一ページ、一ページ、大切に読み進めてゆく。そうだ。このお話は紅の魔本に書かれている事。メル・サプージュが記した冒険譚。寒いギャグがユニークスキルな魔王の英雄譚。愉快で痛快な物語となる。


 では粛々と始めてゆこうか。


 彼らの旅の記録の全容を。最後までお付き合い頂ければと願う。

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