侵食する暗闇

次の日から、三人は放課後になると同じように窓際に集まり、影を見つめる遊びを続けた。

それは、最初はただの遊びだったはずなのに、次第に不気味な気配を纏い始める


まず、里奈の影に異変が起こった。

彼女が鉛筆を落として拾おうとすると

影の手が先に伸びて拾い上げるような仕草を見せたのだ。

もちろん、影に実体はない。


しかし、その動きはあまりにもしぜんで

里奈は鳥肌が立った。


「今の見た?私の影が、勝手に……」

里奈は震える声で美咲と梓に訴えた。


美咲は目を丸くして言った。

「え、嘘でしょ?見えなかったよ?」

梓は何も言わず、ただ里奈の影をじっと見つめていた。

そのまなざしは、まるで何かを確かめるかのようだった。

それから、里奈の影はますます活発になった。


彼女が教科書を読んでいると、影がまるでページをめくるかのように指を動かしたり

彼女がため息をつくと、影が肩をすくめるような仕草を見せたりした。


それは、里奈の感情や行動に呼応しているようでありながら、どこか彼女の意思とは独立した動きだった。

里奈は次第に怯え、学校でも家でも、自分の影に怯えるようになった。


「美咲、梓……助けて。私、もう怖くて。影が、私じゃないみたいに動くの……」里奈は泣きながら二人に助けを求めた。


美咲もさすがに事態の異常さに気づき始めていた。

「そんな……本当に、影が勝手に動くなんてこと、あるわけないよ……」そう言いつつも、彼女の顔には動揺が走っていた。


そんな中、異変は美咲の影にも現れ始めた。


彼女が友人と話していると、影が美咲の意思とは関係なく手を上げたり、教室を移動しようとすると、影だけが勝手に数歩先を歩き出したりするようになったのだ。


最初は気のせいだと強がっていた美咲も

次第に影の異様な動きに気づき、怯え始める。


特に恐ろしかったのは、美咲が怒ったときだった。

心の底から腹が立つようなことがあった日

美咲の影は彼女の動きを模倣しながらも

壁を強く叩くような仕草を見せたのだ。


もちろん、壁に傷はつかない。

だが、その悍ましいまでの力強さに、美咲は震えが止まらなかった。


「里奈、ごめんね。私、信じてあげられなくて……本当に、影が……」

美咲は青ざめた顔で里奈に謝った。


二人は、もはや遊びとして影を見つめることはなくなった。

だが、影の動きは止まらなかった。


里奈の影は、まるで彼女の不安を煽るかのように、彼女の視界の端で常に蠢き、美咲の影は、彼女の内なる感情を嘲笑うかのように

歪んだ動きを繰り返した。


唯一、梓の影だけは、変わらず静止したままだった。

しかし、彼女の視線は、常に美咲と里奈の影に向けられていた。

まるで、何かを観察しているかのように…

あるいは、何かを待っているかのように…


ある日の放課後、いつものように三人が教室に残っていた。

里奈は机に突っ伏して震え、美咲は窓の外を茫然と見つめている。


そして、梓は静かに、自分の影を見つめていた。

その時、里奈の影が、まるで意思を持ったかのように、彼女の体を離れて壁を這い上がった。

そして、美咲の影も、同様に壁に伸びていく。

二つの影は、まるで生き物のように蠢きながら、ゆっくりと梓の影へと近づいていった。


「いやあああ!」

里奈の悲鳴が教室に響き渡った。


美咲もその光景に目を見開いた。

彼女たちの影は、梓の影を囲むように

渦を巻き始めたのだ。


そして、その渦の中心で、梓の影が、ゆっくりと膨張し始めた。


まるで、二人の影のエネルギーを吸い取っているかのように。


梓は何も言わず、ただその光景を静かに見つめていた。

彼女の顔には、恐怖の色は一切なく

ただ深い諦めのようなものが浮かんでいた。

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