RagnaleG -ラグナレグ-
レジカワ
1話 英雄、名を持たず-Aim You, None Own Mortals-
───R.P.2025.
互いの血を分け合う争いは、最終局面を迎えていた。
草葉に触れる音を背に残し、女性兵士が木々の合間を駆け抜けてゆく。
その速さは人に許された速度ではなく。まるで地平線から差す陽光のようだった。
周囲の色彩は彼女を見失い、森を無音のまま裂きながら。
彼女は敵の気配に、大木の幹を背にして立ち止まった。
あたりを見渡し、草に囲まれた窪地、そこに滑り込むようにして、身を屈める。
先程までとは異なり、風が草木を揺らす音があたりに響いていた。
さざめく音の波形は、彼女が見据える先──森の終わり、平原が広がる大地へと流れてゆく。
大地は土煙で覆われていた。
武器を手に交錯する、大量の兵士たちによるものだった。
彼女は伏せた姿勢のまま、腰の装備から光学スコープを取り出し、武器に装着させる。
そして腕を伸ばし、レンズへ視界を合わせたとき、顔がゆがんだ。
あれは、敵か。それとも味方なのか。
外見からは、判断のつかない兵士たち。
自分と同じ装備を身に着けた者が、同じ格好の相手を斬り伏せている。
照準は定まらなかった。
スコープを覗いたまま、無線をつなぐ。
「こちらコード・フェロン。本部へ通達。至急、救援を要請する」
──シグナルは返ってこない。フェロンは無線を切った。
スコープ越しに見える戦場は、あきらかに混乱していた。
斬り結んでいた相手を倒した兵士は、棒立ちのまま動きを止めている。
兵士が見た光景は、フェロンが見たものと同じだったに違いない。あれは敵なのか、それとも味方なのか。
フェロンは照準を変えた。
見覚えのない兵士がいた。照準を合わせる。
呼吸とまばたきを止めた。引き金を引いた。
スコープはレンズの向こう側で倒れる人影を映していた。
こちらが仕掛けた攻撃に応じて、振り向く複数の銃口。
──その視線が届くよりも前に、伏せていた体をバネのように起こして、また走り始めていた。
すべて、風に追い抜かれていった。
静まり返った戦場。帰投する者の砂埃も消えた。
見渡す限りの大地には、亡骸が並んでいた。
足元にいる、もう動かなくなった若い男をフェロンは見下ろしていた。
右手に、なにかを握っている。
少し屈み、手に取ると。それは武器ではなく、ペンダントだった。
ロケット式のふたを開ける。
そこには写真が収められていた。年嵩の女性がこちらを見て、微笑んでいる。
フェロンはペンダントを握りこむようにしてフタを閉じ、そっと元に戻した。
地面に横たわる兵士の顔は、穏やかな表情にも見える。
彼女は、唇をゆがませていた。
「また誰一人、守れなかったな。スフィア」
⁂
Celui qui n’écrase pas la fleur
n’atteindra jamais la force.
(花を踏まぬ者は、強さに至らず、)
Celui qui l’écrase
perd son nom,
(踏みし者は、名を失い、)
et frappe
à la porte sans fin.
(終わりなき扉を叩く。)
⁂
視界のほとんどが、霧で覆われていた。
広がる湖面に、木で作られた一艘の小さな舟がある。
誰も乗ってはいない。
舟は湖畔に寄せられるように、波に揺れていた。
遠くへ進むことも、岸へ戻ることもなく。
濃い霧のなかで、さざめく波に身を任せている。
その様子を、若い男は岸から見つめていた。
風のない、濃い霧の世界に。舟と同じようにただ佇んでいた。
目の前の景色に、現実感はない。
ここは静かすぎる世界だった。色も乏しく、音もこぼれない。
これが夢だということを、彼自身も気づいていた。
そんな夢のなかで。湖面にたゆたう舟のまわりに、かすかな変化が訪れた。
舟のまわりを、ひとひらと何かが舞っている。
霧にベールに遮られた、その輪郭は曖昧で。花びら、のようにも見える。
落ちてきた花びらは、舟には触れない。
かすかに浮きながら、揺れながら霧の奥へと進んでゆく。そして、こちらからは見えない対岸へと吸い込まれていった。
そのとき耳の奥に。声、のようなものが響いた気がした。
“花を──”
声にならない声だった。
それでも確かに、その声は心の奥を、静かに撫でていった。
男は目を覚ました。
見慣れた天井。途切れかけた布から見える世界は、もう朝だった。
体を起こした彼の手には、寝具の感触と掴みきれない夢の余韻が、体に残っている。
息を吐いて吸う。あの時の霧が、まだ胸に入り込んでくるような気がした。
「夢、か」
そう口にした言葉は誰にも届かず、ブロックと鉄の板で出来た壁に消えてゆく。
彼はベッドから上半身を起こすと、傍らの篭手型装置を眺める。
人の頭蓋をモチーフにしているのか。ディスプレイのついた箇所のまわりを、骨のような色をした弾力性のある素材が囲い、まるで仮面のような印象を受ける。
ドライブデッキと呼ばれるその装置を、男は手に取るわけでもなく、ひたと見つめていた。
夢のなかに出てきた湖や舟。この第3区画───エリア・スリーでは、ほとんど目にする機会はない。
それなのにどうして、夢に出てくるのか。
そんな問いかけを、物言わぬ仮面の装置に求めていたことに気づく。
短く整えた、茶色いクセ毛混じりの頭を掻きながら苦笑した。
「おーい、起きてるかー?」
その場の空気を取り直すかのように、甲高いノックが二度。室内に木霊した。
一呼吸の間を置いて、扉が乱暴に開け放たれる。
扉の隙間から届いた声の主は、男と似た年齢の若者だった。
無表情な彼と比べて、よく通る声と笑顔のおかげか、少しだけ背丈が大きく見える。
「起きてるよ、レオ」
男が玄関に向かうと、レオは肩越しに部屋を覗いている。
ぐるりと隅々まで目を走らせて、肩をすくめて、あきれたように口をとがらせた。
「ほんっと、ユウの家はボロいよな」
レオのふざけた口調に「屋根があるだけ、マシだろ」とユウは答えながら部屋に戻る。
ユウの部屋の様子は、殺風景という言葉に相応しい。
壁は崩れ、屋根は風を受けてはためいている。
くずれたブロック塀を鉄の板でふさいでいるが、それ自体も錆びていて雨風をしのげるのか不安だ。
調度品は木でできた背の低いテーブルと、簡素な棚。
そして薄い布が敷かれたベッドのみ。
家というよりも穴蔵に近い。
レオが諦観した表情を見せながら、
「色気のない部屋で、安心するよ」
と告げると、自覚しているのか。背中を向けて着替えるユウは、黙ったままだ。
ユウは細身のズボンに足を通して、白い袖のない上着を頭から被り、振り返った。
「だったら、レオは色気のある話のひとつやふたつ。持ってるんだよな?」
急な問いかけに扉の向こう側で腕を組みながら、しばらく思案していたレオは、こう答えた。
「ひとつやふたつ、なんてもんじゃない。もちろん、ゼロだ」
似たまなざしを交わしながら、肩を揺らす二人。
どちらも生活に余裕はないことを互いに知っている、そんな表情だった。
二人が生活をしている、第3区画。
エリア・スリーと名付けられた地域は、鉄屑の壁と布で出来た屋根が連なる場所だ。
中央の政府からは再生区域として銘を打たれながらも、地図に記されていない路地が縦横に走り、崩れた壁面の隙間に人々の暮らしが寄り添う。
古びた炉がパンを焼き、くみ上げた水が路面を濡らし、夜は油灯に明かりがともる。
錆と土ぼこりにまみれ、わずかな明かりのもとで、みな生きていた。
いまは朝を迎え、それぞれの家屋に備え付けられた煙突用のパイプが、細い煙を吐き出しているのが見える。
みな、朝食の準備をしているのだろう。
決して満足とは言えない食料を口に運び、日銭を稼ぐために日がな一日、大人たちは働きに出てゆく。
「おーい、いつまで待たせる気だ?」
レオがしびれを切らしたようで、はやくはやくと急かしてくる。
ため息混じりに玄関から出ると、彼はすでに通りの先まで向かっていた。
「今日こそ、おまえに勝つからな!覚悟しておけよ!」
そう言ったレオは、ひと足早く目的地へと向かっていた。
ユウもその姿を追いかけ、二人の少年の駆ける音が町並みに響いていく。
二人の足音は、家々から立ち上る蒸気とともに、空へと導かれていった。
その空には、霧のような靄がかかっている。
そして、その薄いベールの向こう。
明滅する、巨大な金属質の建造物。それが薄っすらと見え隠れしているのが見える。
『超巨大電子兵器パルス構造体R.E.P.L.I.C.A.』
山のような質量と構造をもって現在も稼働を続ける、地表に突き刺さった旧文明の遺物が。
この世界───レプリカとユウたちの姿を、静かにただ見つめていた。
RagnaleG -ラグナレグ- レジカワ @gazza
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