宵の華の下で、

やはらかきゆふつかたのかぜ

薄紅うすべにはなびらを、ことこととはこぶ。


みやこ西にしひとのまばらなる花野はなのおくに、

ひとり、少女をとめかげぞ、しづしづとあゆみぬ。


そのは、紫苑しをん

春霞はるがすみのやうにほのしろはだ

くろかみかぜあそばせ、

まなざしは、つき水面みなものごとく、ゆらりとしづかなり。


紫苑しをんそでをそっとさへ、

はなのあひだをくぐりけ、

ひそやかなやしろのもとへとあしはこびけり。


「……撫子なでしこや」


そのを、むねおくにそっととなへる。


いとけなきころより、たがひにそではし、

ふみとほじ、こころをやりとりしながら、

なほ、してこゑにせぬおもひが、紫苑しをんむねうづいてゐた。


撫子なでしこは、花野はなのにて紫苑しをんちゐた。

あをきぬに、たま髪飾かみかざり。

そのおもてはほのかにくれなゐをさし、

むやうでゐて、なほ、なみだたるひかりめてゐた。


「そなたを、ちわびてをりぬ」


撫子なでしこ紫苑しをんきて、そっとをのばす。

その指先ゆびさきに、ひとひらのさくられた。


紫苑しをん言葉ことばうしなひ、

ただ撫子なでしこのぬくもりに、ほのかにをゆだねけり。


ふたりのあゆみは、くさけ、

やしろのかたはらにもうけられし、

ちひさきべに敷物しきもののもとへといたりぬ。


つきひかりはほのかにし、

ふたりのかみぎんめけり。


撫子なでしこ口元くちもとをふはりとほころばせ、

ことをやさしくつむぎぬ。


「なほ、わらは、そちのそでれること、

これほどにむねをふるはすものとは、知らざりき」


紫苑しをんせ、

それでも、ことかへさずにはをられなんだ。


「……われも、かやうなるこころは、はじめてにて……」


かぜがふたりのあひだを、やはらかにとほる。

あたたかく、つめたく、もなきこひをくすぐるやうに。


撫子なでしこ紫苑しをんをとりて、

そのゆびをひとつずつかさねてゆきぬ。


「このゆびに、ねがひを」


「このぬくもりに、おもひを」


かくて、ふたりのゆびは、まことの紅糸べにいとのごとく、

たしかにむすばれたり。


よひのとばりは、しづかにち、

星々ほしぼしはただもだして見守みまもる。


さくらは、ひらり、ひらりとりて、

まるで、祝詞のりとのやうにふたりをつつみぬ。


この「よひつどひ」、

ふたりにとってはじまりのとき。

されど、そのこひのゆくへは、

まだたれらず。

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