第8話 司書試験・筆記
マーガレットという現館長のお陰で、どうにか私は〈魔女図書館〉の中へと入ることができた。
肝心の〈魔女図書館〉の中は相変わらず大量の本が貯蔵されており、どこを見ても本棚と本ばかり。
特に正面入り口から入ってすぐにある三階建て構造の大ホールには壁一面に無数の本が敷き詰められ、ホール中央に立つと文字通り本に囲まれている感覚を味わえる。まさに圧巻だ。
この大ホールは、五百年前にはなかった。
図書館内の構造もかなり変化しているらしく、長い年月の中で増改築を繰り返していったことが見て取れる。
本の冊数も、五百年前と比べて明らかに増えているのが一目でわかる。
私が見た情報によると、現在は五千万冊を超える数の本が貯蔵されているとか。
これは倉庫に眠る一般未公開の本なども含めての数字らしいけれど。
前世の私が死んでからも、本の収集と保存を堅実に続けていたのが伺える。
当時の司書たち……つまり私の弟子たちは、司書としての責務を全うしてくれたのだろう。嬉しいことだ。
この大ホールに展示される本たちも片っ端から読んでいきたいが、今の私はあくまで受験生。
読書へと誘われる気持ちをグッと堪えながら大ホールを通り過ぎ、筆記試験が行われる講義室へと向かう。
〈魔女図書館〉には魔女が多く在籍し、数多の魔法に関する本を収集・整理・保存するという特性上、魔法の研究所という側面も兼ね備えている。
各方面・各分野の魔法の専門知識を擁する者たちが、とてつもなくディープな専門知識について記された本に囲まれているのだから、それは研究を始めるなと言う方が無理な話だ。
なので〈魔女図書館〉の中には専用の研究室が複数あるし、外部の人間を呼んで講義したり研究結果を発表したりするための大きな講義室もある。
司書試験の筆記試験は、この講義室の中で行われるらしい。
ちなみに研究室も講義室も増築によって私の死後増やされた場所。
私が〈魔女図書館〉を建てた時は、流石にそこまでのスペースはなかった。
試験会場である講義室に入り、私はようやっと自分の席へと着席できた。
ちなみに私の席番号は81番。
いちゃもんをつけられた入場時とは違って、席はちゃんと用意されていて安心した。
講義室には他にも大勢の受験生の姿があり、私に近い年齢の子供から三十歳近いと思しき男女まで様々。
人数は全部で三百人ほどだろうか。
それだけの数の魔女や魔導士たちが、真剣な表情で試験の開始を今か今かと待ち侘びている。
「それでは――これより〈魔女図書館〉司書試験・筆記試験を行います」
黒板前の壇上に上がった試験官の女性が、受験生たちにそう宣言する。
司書試験は以下の段取りで行われる。
①筆記試験
②実技試験
③面接試験
まず最初に行われる筆記試験は、受験生の学力・知識を試すモノだ。
これはノースウッド領で行われた受験資格を得るための試験と同じ。
司書になるためには魔法の知識はもとより本の知識だって必要になるのだから、これは行われて当然だろう。
試験の成績は各試験の得点を合算し最終的に総合点を出す評価方法らしく、どれか一つでも得点が低いと不合格にされてしまう可能性が高いのだとか。
しかし逆に、なにか一つの試験で異様なまで高得点を獲得した場合などは、運営判断にもなるが合格を言い渡されることもあるという。
もっともこれは稀有な例らしいけれど。
ともかく、基本的には筆記試験だけでいい点数を取れればいいというワケではない。
とはいえ手を抜いて低い点数を取るのは論外なので、心してかかろう。
「それではこれより、皆さんに問題用紙をくばります。試験時間は六十分となります」
複数の試験官たちが受験生たちの机にペンを置き、同時に問題用紙を裏面にして置いていく。
そして問題用紙が全員分生き渡ったことを確認した檀上の試験官の女性は――
「それでは……筆記試験、開始!」
試験開始の号令を出した。
瞬間、受験生たちは一斉に問題用紙をめくって回答を始める。
私も同様に問題用紙をめくり、その内容に目を通した。
問1:〈魔女図書館〉の司書の規範であり、最も基本的な役割でもある司書三カ条を答えなさい。
ふむ、最初はやはり簡単な問題だな。
これは五百年前に私が定めたモノなのだから、間違いようがない。
私はササッと答えを書いていく。
問1:回答
・本の収集
・本の整理
・本の保存
回答を書き終えた私は、次の問題へと目を通す。
問2:あなたは古びた本の修繕を頼まれた。表紙以外は麻紙で作られており、その中に破れたページを見つけた。ページは大きく裂けているが失われた部分はなく、裂けた箇所に薄い麻紙を張り付ければ修繕できるだろう。
この場合、麻紙を張り付けるのに適した〝接着剤〟は以下の三つの内どれか?
①
②ホーンキャトルの
③東方大陸産米のデンプン粉
ほう、今度は本の修繕に関する問題か。
確かに司書はボロボロになった古本の修繕を任されることもあるから、これは必要な知識ではあるな。
本の修繕と一括りに言っても、本に使われている素材によって手法は異なるし、破損や風化具合によってもやり方が変わってくる。
この場合は本の中身に使われている素材が麻紙だから――答えはコレだ。
問2:回答
③東方大陸産米のデンプン粉
①の
いずれにしても、本の修繕には使われない。
②のホーンキャトルの
主に弦楽器を製作する際に接着剤として使われたり、絵画の世界で絵具や塗料などとしても用いられる。
こちらも場合によっては本の修繕で使うこともあるが、麻紙には使われない。
よって、答えは③の東方大陸産米のデンプン粉
濃度の調節も容易であり、水分量によっては簡単に溶けるので、やろうとさえ思えば補修前の状態に戻すことも可能。
麻紙それ自体に及ぼす影響も少ないという特性も、修繕に用いる接着剤としてとても向いていると言えるだろう。
もっと言えば、防腐剤の含まれていないモノが理想的だな。
……いやまあ、元も子もないことを言ってしまえば、魔法で本を修繕するのが一番理想的なのだが。
時間も手間もかからないし、リスクも少ないし。
ただ、いつでも魔法で修繕を行えるとは限らない。
司書であるなら、できるだけ多くの修繕方法を頭に入れておくべきだと私は思う。
五百年前も私は弟子たちに「自分の手を使って本を修繕できるように」と教えていた。
それが司書として本に向かう態度であり、心構えだと思うから。
もしかするとその教えが現代でも語り継がれて、こうして問題として出ているのかもしれない。
そう考えると実に感慨深いなぁ。
なんてことを思いつつ、私は問題用紙に書かれた問いに対してその後もスラスラと回答を続けていく。
しかし――
「これは……」
問い14:〈魔女図書館〉を創設者にして初代館長である〝賢者〟であるが、彼女が後の世に残した功績は大きい。
〈魔女図書館〉の創設による知識の保存が一般化したことは『聖プロトゴノス帝国』繁栄の礎となり、これは〝賢者〟の存在がなければ成し得なかった、彼女の最大の偉業である。
〝賢者〟は他にも数々の偉業を残したが、中でも〝賢者の五大伝説〟は有名な逸話である。この英雄的偉業がなければ『聖プロトゴノス帝国』は滅亡していたかもしれないと語る歴史家は多い。
その五大伝説とは〝赤災竜ボルテウラの撃退〟、〝墓場海洋の航路開拓〟、〝魔法財産権の制定〟、〝黒魔病の根絶〟、残りの一つはなにか?
――そんな問題文を読んだ私は、思わず目を丸くしてパチパチと瞬きしてしまう。
……はい? なに、この問題?
この〝賢者〟って、どう考えても私のことだよね?
いや、でも、明らかに身に覚えのない出来事が含まれてるんですけど……!?
私の知らない私の偉業が、堂々と司書試験の問題になっちゃってますが……!?
捏造されてるよ、私の前世が!
私は〈魔女図書館〉を建てて本を集めて、あとはひたすら本を読み漁ってただけだよ!
〝赤災竜ボルテウラの撃退〟とか〝墓場海洋の航路開拓〟なんて、私一ミリも知らない!
〝魔法財産権の制定〟と〝黒魔病の根絶〟に関わったのは本当だけど、それは私が主として進めたワケではなくて、他にも色んな人々が関与していてですね……!?
これじゃまるで私一人の手柄みたいに読めちゃって、凄い気まずいよ……!
っていうか、なんか私のこと讃えすぎじゃない!?
問題文の半分以上がただの〝賢者〟の賞賛と化しちゃってるし!
前半の文章必要ないでしょ!
確かに〝賢者〟は〈魔女図書館〉の創設者で、世間的には凄い人と思われてるのかもしれないけど……いくら司書試験だからってこれは盛りすぎ。
私って、今ではそんな偉業を連発した存在だと思われてるの?
怖いよ! 五百年後の後世で自分が怪しい宗教の教祖並みに設定を盛られまくってるなんて、考えるだけでもおぞましいよ!
うぅ……〝賢者〟に関する知識なんて、どうせ自分のことだからあんまり調べなくても平気でしょ、くらいに思って気にしなかったのが裏目に出た……。
だって五百年後の自分がどう思われてるかなんて、大して興味なかったんだもん……。
ど、どうしよう。
正解がわからないとかいう次元ではなく、根本的に問題自体が間違っている。
これは流石に予想外だ。
「81番の方、どうかなさいましたか?」
「ひぇ!? な、なんでもありません! 大丈夫です……!」
思わず取り乱してしまったのが動きに出てしまい、試験官の女性に声をかけられてしまう。
いかんいかん、落ち着け私……。
仕方ない……問題自体が間違っていては正解など予想しようもないが、ここだけ未回答にするワケにもいかないし、なにか適当なことでも書いておこう。
私は前世の行いを思い出し、自分の所業の中でそれっぽいのをそれっぽく回答しておいた。
――――――――――
(;´д`)
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