第12話 新たな問題

 ゴブリンの数が倍になり、村の規模は一気に大きくなった。集会所もでき、村には活気が溢れていた。ロニの心にも、ここなら生きていけるという確信が生まれた。

しかし、村が大きくなったことで、新たな問題が持ち上がった。それは食料問題だった。


ゴブリンには節約の概念がない。空腹になれば、本能のままに、手に入る限りの食料を腹いっぱい食べる。数が少ない頃は問題なかったが、増えた今、村の周囲で手軽に手に入る食料はあっという間に尽きていった。


木の実や根っこは採り尽くされ、小動物も減った。大きな獲物を狩らなければ、すぐに食料が底をつくだろう。自然と、ゴブリンたちは食料を求めて、より遠くまで狩りに出るようになった。以前は村のすぐ近くで済んだ狩りも、今や一日がかり、あるいはそれ以上かかるようにもなった。


その日も、何匹かのゴブリンが小集団で狩りに出ていた。日が暮れても全員は戻ってこなかった。ロニは心配したが、夜の森は危険だ。朝を待つしかなかった。


翌朝、狩りに出ていたゴブリンは、二匹だけが傷ついた状態で戻ってきた。体には深い切り傷があり、息も絶え絶えだった。他のゴブリンの姿はなかった。


ロニはすぐに駆け寄り、薬草ペーストで傷の手当てをした。傷口をよく見ると、鋭利な刃物でつけられたような傷だった。ゴブリンの爪や牙、あるいは森の獣の仕業ではない。


「この傷…もしかして…」


ロニの脳裏に、嫌な予感がよぎった。人間だ。人間の仕業による傷ではないか…?

ロニは傷ついた二匹に、ジェスチャーで傷を負った場所まで案内するよう頼んだ。パウ、ベロ、クロウもロニの警護役として同行することになった。彼らもまた、仲間を傷つけられた怒りを露わにしていた。


傷ついたゴブリンに導かれ、森の中を慎重に進んでいった。血の匂いが、ロニたちの行く先を不気味に示していた。しばらく歩くと、森の奥にある大きな岩場の近くにたどり着いた。


岩場には大きな洞窟の入り口があった。その近くの地面に、見慣れたゴブリンたちの遺体が転がっていた。それは、昨日狩りに出たまま戻らなかったゴブリンたちだった。彼らは、全身を刃物で切り裂かれ、無残な姿になっていた。


「…ひどい…」


ロニは息を呑んだ。その遺体と、傷ついた仲間の傷跡を見比べた。間違いない。これは、人間の仕業だ。


パウ、ベロ、クロウは、仲間の無残な姿を見て激しく怒り始めた。喉を鳴らし、歯を剥き出し、洞窟に向かって突進しようとした。彼らの怒りの波動が、ロニにも伝わってきた。


ロニもまた、激しい怒りを感じていた。何もしていない仲間が、一方的に殺されたのだ。生家を追われ、親戚に虐げられた時と同じ、理不尽な怒りだった。


しかし、その怒りに任せて行動することはできなかった。パウ、ベロ、クロウが怒りに震えているのを見て、ロニは自分が冷静でいなければならないと思った。彼らはリーダーとしてロニについてきてくれている。ロニが判断し、指示を出さなければならない。


ロニはパウたちの肩に手を置き、制止した。洞窟の入り口を指差し、「待つ」ことをジェスチャーで伝えた。今は感情的に行動するべきではない。相手が誰か、中に何があるのか、知る必要がある。


傷跡は、明らかに人間の刃物によるものだった。親戚夫婦の家で、人間がいかに残酷になれるか、ロニは知っていた。そして、ペイトを倒したことで、人間の『法』がロニとパウを追いかけてくる可能性も否定できなかった。


ロニはパウたちに隠れるよう指示し、自分も岩陰に身を潜めた。洞窟の入り口をじっと見張り続けた。


どれくらい時間が経っただろうか。辺りが薄暗くなってきた頃、洞窟の中から人の声が聞こえてきた。四人の人間が洞窟から出てきた。彼らは粗末な革鎧を纏い、腰には剣やナイフを下げていた。顔つきは荒々しく、一目でまともな人間ではないと分かった。盗賊か、あるいは流れ者の傭兵か…。


彼らは、洞窟の入り口近くのゴブリンたちの遺体を、汚物でも扱うかのように乱暴に掴み上げた。引きずるようにして、森の奥へ運んでいった。遺体をどこかに捨てるつもりなのだろうか。


彼らが完全に視界から消えるまで、ロニは息を潜めて待った。ゴブリンを殺し、遺体を処分する…これは偶然ではない。彼らはこの洞窟を拠点にしているのかもしれない。洞窟の近くに死体があれば、そこを根城にしているとバレてしまうからだ。


怒りと同時に、恐怖がロニの心を襲った。人間だ。そして、彼らはロニやパウよりも遥かに大きく、武器を持っていた。今の自分たちの力で、彼らに勝てるのだろうか?

しかし、ロニには守るべきものができた。パウ、ベロ、クロウ、そして村の全てのゴブリンたち。彼らを、あの盗賊のような人間たちから守らなければならない。


ロニはパウたちに合図を送り、隠れていた場所から出てきた。彼らもまた、怒りの炎を静かに燃やしていた。


この洞窟にいる人間たち。彼らは村にとって大きな脅威だ。どうすればいい? 戦うのか?それとも、他の方法を探すのか?


ロニの心の中で、新たな戦いが始まろうとしていた。それは、力と力のぶつかり合いだけではない、知恵と勇気を試される戦いになるだろう。

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