異常事案記録書
星神 京介
001-A:『反復する足音』
事案名:〇〇邸における「反復する足音」事案
発生場所:神奈川県横浜市〇〇区〇〇町 〇丁目〇番地 一戸建て住宅
報告者:元居住者 桜井 健太(30代男性)
発生日時:2025年5月10日より断続的に発生(初回確認)
概要:
本記録書は、神奈川県横浜市〇〇区に位置する一戸建て住宅にて報告された、非物理的音響現象に関する調査報告である。現象は「反復する足音」として観測され、報告者の精神状態に深刻な影響を与えた。
事案詳細:
2025年5月10日午前2時頃、報告者である桜井健太氏は、自宅寝室にて就寝中、階下(リビングルーム付近)から微かな足音を聞いた。当初、桜井氏はこれを自身の飼い猫(スコティッシュフォールド、メス、名前「ミケ」)の活動音、または隣家の生活音と判断し、特段の異常は認識しなかった。
しかし、同日以降、足音の発生頻度と規則性が顕著に増加した。
発生時刻の限定: 足音は主に午前1時~3時の間、不定期に発生。
音源の位置特定: 音は主にリビング中央からキッチンの通路、そして玄関ホールへと移動するパターンが確認された。
音質の変化: 初期の微かな音から、徐々に「スリッパを引きずるような」「何か重いものを運ぶような」という表現が用いられるほどに明瞭化していった。
桜井氏は、妻(桜井 由美、30代女性)にも現象の共有を試みたが、由美氏には一切足音は聞こえないと主張。この時点で、桜井氏の精神的ストレスが増大し始めたことが、後のヒアリングで明らかになっている。
調査と経過:
5月20日、桜井氏は自宅内に小型の音声レコーダーを設置し、現象の記録を試みた。翌朝回収されたデータには、実際に桜井氏が証言する通りの足音が、明確に記録されていた。驚くべきことに、その足音は他の生活音や環境音とは完全に分離されており、音響解析の結果、物理的な発生源が存在しないことが示された。
その後も足音は継続し、6月に入るとその行動パターンに異常な変化が見られた。
特定の行動の反復: 足音はリビングからキッチンへの往復を3回、その後玄関ホールで停止、という一連の動作を正確に繰り返すようになった。このパターンは毎晩継続された。
時間帯の厳密化: 発生時刻が午前2時0分から2時10分までの10分間に厳密化された。
感情の示唆?: 桜井氏のヒアリングによれば、足音のテンポや響きに「焦燥」や「怒り」のような感情が感じられるようになったという。これは主観的な証言であり、客観的な裏付けはない。
6月15日、桜井氏は精神的な限界を訴え、当対策局に連絡。匿名での報告であったが、詳細な情報と音声記録の提供があったため、事案として登録された。
対策局による介入と分析:
当対策局は、桜井氏の精神状態を優先し、直ちに行動観察フェーズに移行。専門家チームを編成し、リモートでの音響監視を開始した。
音響分析の再検証: 対策局の高性能音響解析システムを用いても、足音の物理的発生源は特定不能。しかし、特定の周波数帯域において、微弱ながらも特異なエネルギー反応が確認された。これは既知の「残留思念」現象に類似するが、そのパターン化された反復行動は極めて稀有な事例である。
歴史的背景の調査: 当該住宅の過去の居住者履歴を調査した結果、約20年前、この家で高齢女性が孤独死した記録が見つかった。彼女は足腰が悪く、リビングからキッチンへの移動に苦労していたとの隣人証言があった。また、当時、彼女の家を頻繁に訪れていた親族(実の息子)が、ある日を境に姿を見せなくなり、連絡が途絶えたという情報も得られた。
エネルギー反応の特異性: 足音のエネルギー反応は、孤独死した女性の生前の行動パターンと酷似している可能性が指摘された。特に、玄関ホールでの停止は、誰かの帰りを待ち続ける行為、あるいは誰かを見送る行為の反復であると推測される。
事案の結末と対策局の見解:
7月1日、桜井夫妻は当該住宅からの転居を決定。転居後、桜井氏の精神状態は急速に回復し、足音に関する証言は消失した。新たな居住者が入居する予定は現時点ではない。
当対策局は、本件を「残留思念による定期的情報干渉」事案と分類する。特定の場所(当該住宅)に強く残された個人の思念が、特定の条件下(主に深夜)で音響情報として再現されたものと判断される。足音の規則的な反復は、生前の行動の習慣化、または未練や執着の強さに起因すると考えられる。
この種の残留思念は、通常、特定の感情が極限に達した際に一時的に発生するケースが多い。しかし、本件のようにパターン化され、かつ聴覚に限定された干渉が長期にわたって継続した事例は極めて珍しい。特に、音響データに物理的な発生源がないにもかかわらず、特異なエネルギー反応が確認された点は、今後の「境界事象」研究における重要なデータとなるだろう。
当該住宅は現在も無人であるが、引き続き「境界事象対策局」の継続監視対象とし、今後の変化を注視していく。
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