寺生まれのTさん、ダンジョン配信者になる。〜最強の霊能者?俺は科学的に討伐してるだけなんだけど?〜
会澤迅一
第1話 くねくね様の祠を壊してみた!
寺生まれのTさん。
あらゆる怪異をさっそうと討伐する最強の退魔師。
幽霊や妖怪はもちろん、悪魔も邪神もたやすく祓ってしまう無敵のゴーストバスター。
ゼロ年代の洒落怖全盛期に対抗神話として現れた伝説の英雄。
そう語られていた。
だが、ダンジョン大量発生によって超常が日常と化し、怪異がモンスターと呼ばれるようになった昨今、寺生まれのTさん伝説は変容していた。
いわく、寺生まれのTさんは物理によってモンスターを討伐する異端の探索者である。法力も魔力も、超能力も霊能力も、スキルの一つだって持っていない。それにもかかわらず、どんなモンスターも討伐し、どんなダンジョンも攻略してしまう。
根も葉も見当たらないその噂は、しかしながら真実であった。
なぜ断言できるのか。
俺が寺生まれのTだからだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜、山奥。
車のハイビームが鬱蒼たる森の闇を切り拓き、獣道を走ってゆく。走行音は、悪路の割りに静かなものだ。さすがは国産高級車。
俺はダッシュボードのデバイスを操作し、アプリを起動する。
配信開始だ。
「あー、テステス。聞こえますか? 音ちょうどいい?」
コメントが複数、某動画サイトのように画面上を流れていく。
:きこえる
:聞こえていますよ
:無問題
:音 量 適 切
「あっ、ありがとうございま〜す。同接94人か、まぁ最初はこんなもんですかね」
十分だ。見ず知らずの視聴者たちが、こんな深夜に俺の配信へ来てくれるなんて、嬉しい話だ。
「はじめまして。寺生まれのTです。国籍は日本、性別は男、20代、長所は『限りなく全知全能に近いところ』、短所は『限りなく性格が悪いところ』。よろしくお願いします」
:草
:最悪就活生?
:面接でこんなん来たら胃が蜂の巣になるわ
:ってかTさんってゼロ年代の人じゃないの?
:本物なら40は超えてるだろ
コメント欄がざわつく。俺は本革巻きのハンドルを握りながら、口元に笑みを浮かべる。
「ゼロ年代のは先代ですね。先代は若い頃から法力に優れた名僧でした。俺は無能力者の破戒僧です。髪伸ばしてるし、肉も食えば酒も飲む。今は運転中なんでシラフですし、キャラ付けのために五条袈裟を着てますけどね」
俺が首を傾げると、肩紐の金糸がLEDの光を受けてチラリと煌めく。視聴者の反応は上々だ。
:うさんくっさ♡
:申し訳ないがあからさまなキャラ付けはNG
:なんでもいいから寺生まれっぽいことできないの?
「うーん……『寺生まれっぽいこと』、ですか」
俺は指先でハンドルを叩きながら、先代のオッサンを思い返してみる。手印を組むだけで色々と派手なことをやっていた。除霊だの結界術だの霊視だの、その中で何か俺ができそうなものは……。
「あっ、霊視みたいなことすりゃいいですかね?」
:霊視?できんの?
「似たようなことはできますよ。俺、ゲームが好きなんですが、修行の息抜きでやり込むうちにITに詳しくなっちゃって。最近エシュロンをハッキングしたんで、皆さんを特定する程度なら朝飯前ですよ」
:えしゅろん?
:エシュロンとは、米国が構築した地球規模の通信傍受システム。有線・無線を問わず、あらゆるネットワークからデータを収集・蓄積する。
:wikiコピペ乙
:スーパーハカーじゃん
:わーすごーいかっこいー(棒)
:信じるワケねーだろボケ
:やれるもんならやってみろや
「おっ、その意気や良し」
信じさせてあげよう。今ここで。
「アウト浪さん。親からの仕送りを学費や教材費ではなくソシャゲとスパチャにブチ込んでますね。これは良くないなぁ。そのうちバレちゃうでしょ。取り返しつかなくなってからじゃ遅いですよ」
今まで即レスしていたアウト浪さんのチャットが途絶えた。俺の指摘に衝撃を受けているらしい。次のコメントまで10秒ほどのタイムラグがあった。
:なんで
「俺、スーパーハカーなんで。ところで、アウト浪さんが入れ込んでる人気女性配信者、ありえんビッチですよ。1ヶ月以内に複数人とのハメ撮り映像が出回るんで、今から覚悟しといたほうがよろしいかと存じます」
:映像くれ言い値で買う
今度は即レスだった。
「はっは! ゲンキンな人だな! いや、嫌いじゃないですよ。ただ、そこまでの悪事はできないなぁ。やがて無料で出回るモノを売りつけるだなんて、そんな悪徳商法、拙僧にはとてもとても……」
ところで、とハンドルを切る。車は獣道のさらに奥へ進み、闇が濃度を増していく。
「これは独り言なんですが……その配信者の所属事務所、上場してるんですよね。今のうちに株を借りて空売りしとけば、結構な儲けになるんじゃないかなぁ。そしたら、そのお金で親孝行になるんじゃないかなぁ」
:御仏アザス!!!!!
:ちょwインサイダーww
:なにこれ何が起こってんの
:スーパーハカーすげー!
:仕込みでしょどうせ
:千里眼系のマジックアイテム持ち出してる?
「仕込みでもマジックアイテムでもないんですよ、敵由紀恵さん。20分後に雷雨の予報なんで、洗濯物しまって車にカバーかけたほうがいいですよ。明日は朝から息子さんの野球試合に付き添うんでしょう? 車体とユニフォームがビショ濡れじゃあ親子ともども可哀想だ」
またコメントが途絶えた。まるで天丼ネタだ。仕方ないことだが。
:どうして
「ですから、ハッキングですよ。証明したかっただけで悪用のつもりはありません。ご安心ください」
:安心はできませんよ!?
:上司の実家のような不安感
:すでにだいぶ悪用なんだよなぁ
:何が起こってんだよこれ!!!!!!
:サクラを何人も紛れ込ませてるだけでしょ
「だからサクラじゃないって、矢沢瑠希矢」
:え、そんなハンネの奴いなくね?
:もしかして本名で呼んでるのか?
:これまではハンドルネームで呼んでたのに
矢沢は犯罪者だったので、容赦なくいかせてもらう。
「ダンジョン絡みの地面師詐欺でそんな儲かるモンなんだね。ちょっと驚いたよ」
:何の話?
「しらばっくれなくていい。金の流れも会話記録も抑えてある。もう逃げられんよ」
:これリアル?
:怖くなってきた
:それ脅迫ですよね?名誉毀損にも当たりますよ
矢沢、強気だな。法律屋の先生がバックについてるからかな。その先生、すでにオマエを見限ってトンズラしてるんだけども。
「夢追い人たちからムシり取った金で食う肉寿司はさぞ美味かったでしょうねぇ。いやはや、まったく……」
:証拠も無しにこれ以上も決めつけるなら法的措置を取らせていただきます。。。
「粘るねぇ〜。損切り苦手なタイプだな?」
:だから証拠あんのかyおっっつlつすってんだろ
矢沢、手が震えているらしい。
「東京都、新宿区、歌舞伎町。レイヨービルにニンベン師たち集めて公的書類を偽造させてるよな」
とうとう矢沢のコメントが止んだ。
「今すぐ出頭すりゃ俺から晒し上げたりはしないよ」
:大変申し訳ございませんでした。
「俺に謝ってもしょうがないでしょ」
:今、最寄りの交番に向かっております。
近場の防犯カメラを覗いてみると、なるほど確かに矢沢の姿が見えた。必死の形相で全力疾走している。
「はい確認しました。転ばんように気を付けてね、交番は逃げないから」
:何故そこで急な優しさを……
:本当の本当に本物なんだ……!
「そ、ホントのホントにホンモノなんです」
ようやく認めてもらえたところで、カーナビが『目的地へ到着しました』と告げた。
停車。降車。ひんやりと湿った外気からは土と草の臭いがする。
俺はトランクからキャリーケースを取り出した。
:それ何が入ってるの?
「ヒミツです」
軽く答えながら、カメラを一人称視点に切り替える。
:今どうやって撮影してんの?スマホ?
ちょうどいいタイミングで質問コメントが来た。これについては、自慢話の聞かせどころだ。
「自作の超小型カメラと超小型マイクを懐に仕込んでます。画面の確認はスマートウォッチでやってます。カッコいいでしょう」
:自作!?
:すご!!
:天才発明家じゃん
:自作とかできるもんなんだ
「俺はだいたい何でもできます。さて、祠があるのわかりますかね?」
石製の祠がカメラによく映るよう、姿勢を変えてみる。
:わかる
:見える見える
:結構デカいな
:待って、これなんか見覚えある
「お、気付いた方がいらっしゃいますね。少し前、迷惑系Dtuberグループが祠を壊して行方不明になっていたでしょう。これはその祠と同じものです。詳しくは概要欄のリンクをクリック!」
https://kakuyomu.jp/works/16818792435814282002/episodes/7667601420000751580
「この映像なんですが、情報統制が敷かれておりましてね。アーカイブ映像も配信告知投稿も視聴者コメントも綺麗サッパリ削除されておりました。しかし! なんと! 今回に限り! 警視庁とダンジョン協会のデータベースからくすねてきました〜!」
フリ素の歓声SEを鳴らす。
しかし、コメント欄は高揚することなく、戸惑っているようだ。
:それもハッキング……?
:見ちゃダメな奴じゃないの?
「ハッキングですが、公益性があるのでセーフです。知識は水です。国家が独占してはならないのです」
:見たら呪われるんじゃないのか
:この配信自体が呪術テロだったりしない?
:自己責任系の怪異を拡散するのはアカンすよ!
俺は思わず笑ってしまった。
「画面越しに視認しただけで即死する怪異なんて、ありえませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。そんなバケモノが実在するなら、人類はとっくに絶滅してます」
話を戻しましょう、と改めて祠にズームする。苔むした表面は、まあ、結構おどろおどろしい。
「この祠、同様のものが全部で四つありまして。この山の特定の場所を東西南北から取り囲むように設置されています。いま映してるのは東の祠で、
:祠で特定の場所を取り囲むって……
:明らかに中で何か封印してるだろこれ
「ご名答。この祠は結界を形成するための支柱です。中のユニークモンスターが外へ出られないように、そして民間人に影響を及ぼさないように、専門家が造ったものです」
:ヤッベェじゃん
:東の祠が壊されたのは大丈夫だったのかよ
:なんかヤバいモンが漏れたりしてそうで怖い
「ちょっと漏れましたね。当該配信から数時間後、山の西側にある複数の市町村で通信障害が発生しました。あと、近隣住民の救急搬送が数百件。幸い死者・後遺症者は出なかったそうですが、ゾッとしない話ですよね」
俺は肩をすくめる。コメント欄は恐怖と不安に染まっていく。ここでダメ押し。
「さらに、この祠の効力は年々弱まっています。中にいるユニークモンスターの力が年々強まっている、と言い換えても良いでしょう。スタンピードはもはや時間の問題です。だからDtuberグループなんぞに侵入されたんです」
しかし、と区切って注意を引く。
「もう大丈夫です!」
俺は声を張り、右拳を天高く掲げる。
「今夜、俺がそいつを討伐します! そうすれば万事解決です!」
右手を開き、指を揃え、手刀を振り下ろす。
石製の祠が真っ二つに割れ、左右に転げる。土埃が
瞬間、あらゆる音が消えた。
風音も、木々のざわめきも、虫の声も、鳥のさえずりも、ウシガエルの唸りも聞こえない。
スピーカーの電源を落としたみたいに唐突かつ完全な静寂。
直後に鳥居が現れた。いつしか差し込んだ月光を受け、赤い漆が鈍く輝く。
「はい、開通〜。さっそく境内へオジャマしましょう」
キャリーケースを引き、鳥居へ歩を進める。そんな俺を咎めるコメントもチラホラ。
:お前、祠壊したんか!
「後で弁償しますよ」
:祟り神様に祟られるぞ!
「祟られる前に殺せばいい」
闇の向こうを見つめつつ、俺は鳥居のド真ん中をくぐった。
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