N博士の加速装置

ロックホッパー

 

N博士の加速装置

                          -修.


 「N博士、その後、通勤問題は解消されましたか。」

 投資家のエージェントはN博士のラボを再び訪れていた。N博士は重力制御の権威であり、そして千年に一度の天才と言われていた。そして最近、遂に重力制御を完成させ、投資家に大きなリターンを与えることができた。その結果、投資家達は更なるリターンを期待して、新しいラボと潤沢な研究費を与えていた。エージェントは定期的に訪問して、新たな成果がないか確かめていたのだ。


 特に前回訪問した際には、N博士は、自宅とラボのたった20分の通勤時間を0にすべく、瞬間移動装置のプロトタイプを試作していた。しかしプロトタイプはうまくいかず、エージェントも危うく命を落とすところだった。このため、そろそろ完成しているのではないかと期待を寄せていた。


 「うむ、前回のテストがうまくいかなかったのは、亜空間がうまく接続できていなかったことが原因だったようだ。その後も、改良を重ねたのだが、やはり安定させるのが難しい。そこで、頭を切り替えて別の方法を研究してみた。」

 「そうですか。今度はどんな方法なのでしょうか。」

 エージェントは、N博士と同様、重力制御の完成で多額のボーナスをもらっていた。エージェントにとって、N博士が瞬間移動の完成をあきらめたことは残念だが、N博士が上機嫌で研究を続けてもらう方が結果的には大きなリターンを生むと考えていた。


 「再び文献を調査していたところ、ワープというのに行き当たった。」

 「あー、SF小説とか映画とかに出てくる、宇宙船が一気に遠くに行く航法ですね。」

 「左様。よく知っておるな。あれも亜空間を使うという点では前回の発明と同じだが、装置自体が移動するため安定すると思うのだ。自宅からラボまでワープすれば、一瞬で通勤ができるようになるじゃろ。」

 「そうですね。もしやプロトタイプができていたりするんですか・・・」

 エージェントには、ワープの実現による自分への高額のボーナスと、またプロトタイプのテストに付き合わされて死にかけるという光景が同時に浮かんだ。

 「君はせっかちだな。話を最後まで聞きたまえ。ワープを研究してみたのだが。理論的には実現可能なようだ・・・」

 「す、すごいじゃないですか。」

 「うむ。しかしな、2つ問題があってな。まずはワープの前に勢いをつける必要があるのじゃ。映画でも宇宙船が飛んでる状態からワープするじゃろ。逆に言えば、着陸している宇宙船がいきなりワープする映画は見たことないじゃろ。映画を作った人は、本能的に、ワープ前にはある程度スピードが出ている必要があるだろうと感じていたのだろうな。」


 「そのスピードって、どのくらいなんですか。」

 「最低でも時速100kmは欲しいところじゃ。わしのスポーツカーにワープ装置を組み込んだとして、100kmまでの加速に100m、もし失敗したときの停止用に100mで計200mの助走路が必要となる。しかも、家とラボの両方に必要だ。さらにそこに人が入ったり、別の車がいたりすると衝突してしまうので、専用路が必要となるのじゃ。」

 「専用路ですか。結構大変ですね。」

 エージェントは、ワープ航法が実現化できるなら、そのくらいの投資は何でもないと思いながらも、N博士の話に合わせてうなづいた。

 「そしてもう一つの問題だが、こちらの方がやっかいだ。それは、ワープの出口の場所が不安定ということだ。どうも数百mはずれる可能性がありそうなのじゃ。うまく助走路に現れることができれば良いが、出口がずれてラボや周囲の民家の前に出てしまうと大事故になってしまうからな。」

 「そんなにずれるんですね。」

 「左様。ここが解決できないのでワープはあきらめることにした・・・」

 エージェントには自分がもらうはずの札束が飛び去って行くのが見えたが、動揺は表に出さず、平静を装った。


 「・・・それでだ、今度はタイムマシンの技術を応用して加速装置を発明したのだ。知っていると思うが、加速装置とは人間が数倍の速度で動けるようになる装置じゃ。」

 N博士は少し得意げに見えた。

 「もしや、こっちのプロトタイプはできているのではないですか・・・」

 「君はいつも察しがいいな。左様、プロトタイプを作って、わしのスポーツカーに積み込んでテストも行ってみた。」

 「テスト結果はどうでした。」

 「うむ。いつもの通勤時間にテストをしてみたのだが、確かにわしは2倍の反応速度で運転できるのだが、自宅からラボまでの道は1車線なので前に車がいると追い越せないのじゃ。このため、いつもと変わらない速度しか出せない。逆に、わしは2倍の速度で活動しているため、体感的にはいつもの2倍の40分掛かったことになってしまった。」

 「あー、それは残念でしたね。でも加速装置はうまく働いたんですよね。」

 エージェントには遠くへ飛び去った札束が、自分のところへ戻ってきているのが見えた。

 「うまく働いていた。そこでだ、その日の深夜、車がほとんど走っていない時間に再度テストをすることにした。」

 「どうでした・・・」

 「うむ、わしはいつも2倍の速度で活動できるので、車もいつもの2倍の速度を出しても全く危なくなかった。そこは大成功だったのだが・・・」

 「やりましたね。」

 「うむ、車の速度は2倍出せたのだが、そのせいでスピード違反で警察に捕まってしまったのじゃ。」

 「え、なんですって・・・」

 「わしは、わしの不甲斐なさに腹が立って加速装置もすぐに破壊した。そして冷静に何か手がないか再度研究することにした。」


 エージェントは、N博士がせっかく完成させた加速装置を破壊してしまったことが大変残念だったが、きっとまた別の手を考えたに違いないと思い問いかけた。

 「何か別のいい手がありましたか・・・」

 「うむ、わしは原点に立ち返って問題を解決することにした。簡単なことじゃ。わしがラボに住めばよいのじゃ。通勤問題は解消じゃ。ははは・・・」

 エージェントは目の前がまっくらになった。


おしまい

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