転生信長 〜現代知識で天下布武〜

@Yuuki4784

第1話 目覚めよ、魔王

 ――なんだ、この感覚は。


 意識が深い海の底から浮上するように、少しずつ戻ってくる。

 まず感じたのは、重たい布団のような、分厚く硬い何かに体が包まれている感覚。

 次に、鼻の奥を突く――古い木と灰のような、懐かしいようでいて知らない匂い。


 耳が、音を拾い始める。


 ……チチ……チチ……。


 あれは……火の音? 焚き火のような、小さな炎のはぜる音。

 そして、足元の方からかすかに聞こえる、人の気配。控えめな衣擦れと、吐息のような緊張感。


 (俺……どうしたんだ?)


 まぶたを、ゆっくりと開けようとするが、重たい。

 どうにか片目だけがわずかに開いた。


 ――薄暗い部屋。

 天井は木組みで、どこか歪んだ梁がむき出しになっている。

 壁は土壁。電気も蛍光灯もない。

 ろうそくのような火が、ゆらりと灯っているだけだった。


 (え? ここ……どこだ?)


 全身に、静かに冷たい汗が浮かぶ。

 病室でもなければ、ホテルでもない。いや、そもそも21世紀の建物じゃない。

 これは……歴史の本で見た、古い屋敷?


 もう一度、意識を集中して、体の感覚を探る。

 腕は――細くはない。太く、筋肉がついている。

 服は? 肌触りが……ゴワゴワしてる。絹でも化繊でもない。

 帯でしっかりと締められた衣服……和服? しかも現代の着物じゃない、もっと重たくて実用的な造りだ。


 ――不意に、声がした。


 「……殿? ……お目覚め、で……?」


 男の声だった。

 声の主は、部屋の隅で控えていた武士のような姿をした人物。

 鋲を打った甲冑、ざんばら髪、目元は厳しく、頬には薄く刀傷が走っている。


 (え……誰? ていうか、鎧!?)


 驚きが胸を突いたが、声が出ない。

 ただ、今ので確信した。

 これは現代じゃない。俺の知っている世界じゃない。


 「殿……! 目を、覚まされたのですか!?」


 武士が、焦ったように近づいてきた。

 その姿――甲冑の細部、着物の折り目、手の指の汚れ、皮の匂い――どれも作り物とは思えない。いや、本物だ。


 その瞬間、脳の奥がズキリと痛んだ。

 ドクン、と胸の鼓動が一段跳ねる。


 流れ込んでくる、“誰かの記憶”。


 戦場。

 叫び声。

 甲冑を着て馬を駆る。

 「尾張」と呼ばれる国。

 「うつけ」と嘲られた日々。

 そして――


 「織田信長」という名前。


 (え……まさか……)


 呆然としたまま、俺は床の間へ目をやった。

 掛け軸が一つ、かかっている。


 天下布武


 その言葉を見たとき――心の奥に、確信が走った。


 俺は今、戦国時代にいる。

 そして――この体は、織田信長のものだ。

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