第8回 カニカニ怪人チョッキリン
佐々木キャロット
カニカニ怪人チョッキリン
小学生のとき、父が遊園地に連れて行ってくれたんです。二年生だったかな。真面目な父が遊園地に連れて行ってくれるなんて珍しいことで、本当に嬉しかったことをよく覚えてますよ。ちょうどその日、その遊園地ではヒーローショーをやってました。えぇ、あの日曜日の朝早くにやってるあれです。仮面ライダーでしたね。まぁ、普通のヒーローショーだったんですけどね。私はその時の怪人が忘れられないんですよ。カニカニ怪人チョッキリン。名前は大人になってから知ったんですが、名前の通りカニの怪人です。人型で両手がこうカニのはさみになっていて、チョキチョキ言ってるいかにも子供向けってヤツです。その怪人がどんな悪さをするかといいますとね。髪を切るんです。人の髪を。え、それだけ?って感じでしょ。まぁ、子供向けなんでそんなもんでしょう。でも、当時の私も同じ意見でした。子供ながらに子供騙しだなぁってすれてたんですよ。ショーはそのままヒーローが出てきて怪人がやられて終わりました。台本通りに。たぶん、いま、何の話だよって思われてますよね。大丈夫ですよ。ちゃんとつながりますから。その後の話です。私はなんとなく引っかかっていたんですね。その怪人チョッキリンが。なんで髪を切る程度のことがヒーローに倒される程の悪事なんだろうって。それから二年後のことです。通っていた学校はお世辞にもいい学校とは言えず、当たり前のようにいじめもあったんですけど。私のクラスに姫がいたんですね。ミニスカートにツインテールで可愛いを食べて育ったようなぶりっ子ですよ。ある日、彼氏に色目を使ったかなんかで、隣のクラスの女の子が姫のもとに来ました。小学生の女の子らしくグループで。もちろん姫は否定しましたよ。わざとらしく語尾を伸ばしながら。それがもう火に油で。リーダー格の女の子がキモいんだよとかなんとか言いながら姫につかみかかったんですよね。そこからはリンチですよ。昼休みの教室で。結局、姫が抑え込まれたんですけど、そのリーダー格の子は何をしたと思います?驚いたことに、道具箱から鋏を取り出して、姫の立派なツインテールを切ったんですよ。根元から。バッサリと。ちょうど姫の二房目がなくなったときに、先生が教室に現れて大混乱になりましたね。誰かが呼んだんでしょう。その後の授業全部潰して学年総会ですよ。あれは大変でした。それで、ここからが本題なんですけど、次の日、姫はちゃんと学校に来たんですよ。あの後美容院に行ったのか短く髪を整えられて。でも、ちゃんとしていたのは髪だけでした。姫の目に光はなく、どこか気だるげで、ずーとぼんやりしてるんですよ。昨日まで取って付けたように明るかったあの姫が。衝撃的でしたね。その姫を目にしてフラッシュバックしました。あの怪人チョッキリンが。あぁ、髪を切るってそういうことなのかと。よく言うじゃないですか。「髪は女の命」って。本当にそうなんですよ。女性の髪の毛には魂が宿っていて、それを失うことは命を落とすことと同義なんです。確かに、髪はそのうちまた伸びます。ただ、伸びると復活するっていうことじゃないんですよ。切るごとに、少しずつ、それでも致命的に魂が傷ついていくんですよ。失恋して髪を切る女の子って多いですよね。あれは自傷行為の一種ですよ。リストカットとかと同じ。手首なんかじゃなく、魂を傷つける自傷行為です。それほどまでに髪の毛というものは大事なんですよ。なかでも、ツインテールは格別ですね。結ぶという不自然な行為をしながら、それでいてポニーテールほど機能的でない。自分の可愛さを二つの房に詰め込むように結ぶ。あの房には魂が特に込められていると感じるんですよね。濃度が高いというか、密度が大きいというか。だから、姫も空っぽになったんでしょうね。二つの房に自分のすべてを詰め込んでいたから。これが私の動機です。あの命の塊を手に入れたかった。刑事さんには理解できないかもしれませんね。
(連続女児殺害事件 被疑者●●●●の事情聴取内容。本件では小学生の女児四人が誘拐の後、殺害された。発見時、いずれの被害者にも頭髪の一部を切断及び持ち去られた痕跡があった。)
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