第五章
絶対に寝むれないと思っていたが、予想外に深く、ぐっすりと眠れた。
昨日起こった出来事はキャパオーバーで、私の体は疲れ切っていたのだと思う。
目覚めは最高だった。いつもは携帯のアラームのスヌーズを何度も消しながら寝直すのに、一度目のアラームでばっちり目が覚めた。カーテンの隙間から入り込む柔らかい日差しを感じながら昨日のことは全て夢だったと思えたが、視線を上げれば不満そうな幽くんがいた。
幽くんは寝ないらしい。
私が寝ている時はやることが無くて暇だと言うが、知らんがな…。
今日は土曜日だがいつも通り登校の準備をする。午前中は陸上部の練習だ。一年生は十五分早く登校して器具の準備をしなければならない。
「今日、部活があるの。良い?絶対に私に話かけないでね!」
「部活ってなんだ?」
「部活は…。うーんと、学校で運動するの!」
「運動って、具体的に何をする?」
いちいち面倒臭い。
「兎に角、部屋以外では私に話かけないで!」
私は強く言ったが、幽くんの表情を見れば聞いていないことは明らかだった。
これ以上話をする時間は無いので、朝ごはんを食べて祈るように家を出たが、私の祈りは天に届いた試しがない。
相変わらず外ではあれは何だ、これは何だと質問攻め。
更衣室に着いた時には、先輩たちが既に何人か来ていたので、急いでジャージに着替えた。
着替える時、幽くんは目を瞑ってはくれなかった。
事前に目を瞑るように頼んでおいたのに…。
睨んだが、効果なし。別にいやらしく眺めるわけでは無いので、嫌だったがそのまま着替えた。
既に来ていた一年生と合流して、倉庫からハードルを運ぶ。
「…小野さん、違ったらごめんね。…今日、ちょっと怒っている?」
準備中に同級生に聞かれて、私は驚いた。
「え?怒ってないよ」
「それなら良いのだけど…。なんか、ずっと眉間に皺が寄っているから」
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど。気にしないでね!」
「…うん。怒ってないなら良いの」
私はむりやり口角を上げて笑顔を作ったが、引きつって上手く笑えなかった。
「コヒナ。気持ち悪い作り笑いだぞ」
幽くんが耳元で呟くが、言われなくても分かっている。
誰のせいだと思っているの?
幽くんが話しかけてきて騒がしいのだから、眉間に皺くらいよる。
幽くんの話に反応すれば、私は一人で話す変人決定だ。まだ馴染めていない部活動で変人扱いされる何て嫌だ。
部活がゆるく始まり、ストレッチをした後、班に分かれてハードルを何本か走った。その間も、話しかける幽くんを無視するのが大変だった。
学校外を走っていた男子陸上部が、グラウンドに戻って来るのが見えてきた。
先頭は生切先輩だ。何キロも走ってきたはずなのに息切れはしておらず、無表情で走っている。
先輩は私の横を通り過ぎていこうとしていた。
昨日の気さくな雰囲気は無く、鋭い目をして冷たい空気をまとっている先輩には会釈をすることすら躊躇する。
私は透明人間になった気分で、下を向いた。
「よお!色男!お前、外では大分すかしてんのなぁ!」
「うわあ」
こ、こらあああああああああああ!
幽くんは私の後ろから先輩の前に突然飛び出して、先輩を驚かせたのだ。幼稚園生レベルのいたずらに血の気が引く。
空気を読みなさいよ!
「すかしてねぇで、ちゃんと俺に挨拶しろい!」
先輩は幽くんに手を上げて小さく笑うと、何事も無かったように再び走り出した。
心臓が止まるかと思った…。
「ちょっとぉ!ねぇ、今、生切が小野さんに挨拶した?見間違え?」
たまたま隣に居合わせた先輩が、目ざとく私に話しかけてきた。
「え?ち、違うと思います!」
「ううん、絶対小野さんに手を振ったってば!」
「私も見ちゃったぁ!しかも笑ってなかった?」
後ろから別の先輩が会話に入ってくる。
「私、三年間部活一緒だけど、あいつの笑顔なんて見たことないよ。いつも仏頂面で笑いそうもないのに、小野さんに笑いかけたとはね!ビックニュースじゃん」
三年生の二人が盛り上がるが、よからぬ誤解はされたくない。
「わ、私が息上がっちゃって一杯いっぱいになっていたから。だ、だから、笑われたのかも知れません…」
「そうなの?でもさ、もしかしたら、あの生切に気に入られたのかもよぉ?」
先輩は明るく茶化してきた。
慣れていない人とのこういうやり取りは苦手だ。どう返せば良いのか分からない。
「小野さん、生切ファンに刺されないように気をつけないとね。あいつ学校内の人気も高いけど、他校人気も凄いからね。大会とか出ると他の学校の生徒がプレゼントとか手紙とか渡されて大変そうだよ。でもあの氷の王様は全て断るっていう女の敵だけど」
「ほーう。流石色男だな。黙っていれば容姿は良いからな…」
幽くんが一人感心したように頷く。
「そうそう、どんな美女が話しかけても完全な塩対応なの。でも、小野さんに微笑みかけるとはね。あいつ、年下が好きとは知らなかった!」
私は作り笑いを浮かべてどうにかやり過ごしていると、幽くんが意地悪を言ってきた。
「色男はお前に興味ないし、お前みたいな地味女に興味がある男はいない。断言できる」
分かっていますよ…。
私は拳を握りしめて、幽くんに対する怒りをどうにか押しとどめた。
「さて、雑談はこれくらいにして切り替えないとね。次は学校外ランニング。きついのが待っているよぉ」
土曜日だけ来る監督が校門の前で手を上げると、女子陸上部は門の前に走り出した。私は先輩たちから解放され、黙々と足を動かした。
部活には全く集中できなかったが、時間はちゃんと過ぎてくれた。
三時間の練習だったが、いつも以上に疲れた。それもこれも、後ろでうるさい幽くんのせいだ。
部活が終わり、私は急いで着替えて神社に向かった。
着替える途中、目を開けていた幽くんに文句を言いながら歩いていけば、神社はあっという間だった。
神社の鳥居の前で、本を読む生切先輩が居た。
ただ本を読んでいるだけなのに絵になる。
「何を見とれているんだよ…」
幽くんに言われて、我に返る。
「おい、色男!待たせたな!コヒナがとろいのが悪いんだぜ」
幽くんが大きな声で呼ぶと、生切先輩は本を閉じて手を上げてくれた。
「部活ですれ違った時、思わず笑っちゃいました。あの時は挨拶できなくてすいません」
先輩はふんわり笑った。
学校で会う時と外で会う時、こんなにも違う人っているのだろうか。
学校では氷の様に冷たく、外では柔らかい。
やっぱり二重人格?
「本当だぜ。ちゃんと挨拶しろ」
幽くんが乱暴に話かけた。
「無理ですよぉ」
先輩が幽くんと笑いあっているのを聞いていると、二人にとって私が幽霊みたいだ。クラスで上田さんたちと話している時と似ている。
ぼんやり卑屈なことを考えていると、先輩が少しきつい目を緩ませて、笑顔を向けてくれた。
「小野さんも部活お疲れ様」
キラースマイルに心臓が射貫かれて思わず下を向く。
幽くんが「美人は三日で飽きる」なんて言っていたけど、早く飽きて緊張から解放されたい。
「色男。お前学校にいる時と雰囲気が大分違うよな。何で学校ではあんなにすかしているんだ?」
幽くん。ナイス!気になることをよく聞いてくれた!
「すかしているつもりはありませんよ。学校では気を張っているんです。学校には街中以上に幽霊がうようよ居るんで、大変なんです」
「そ、そうなんですか?」
私はぎょっとした。
そういえば、小説も漫画もアニメも、幽霊は学校に良く出ている。
「変な霊が多くて、視線を少し合わせただけで憑りつかれそうで怖いんです。多分、思春期の特有の人間関係が影響しているのかなと思っています」
先輩の話し方はどこかおじさんくさい…。
「変な霊って、幽くんみたいな感じですか?」
「んだと、コヒナ!」
先輩は寂しそうに笑った。
「幽さんは特別ですよ。もっと欲にまみれて禍々しいヤツらです」
「ほお。…色男も大変なのな」
「はい…。だから僕はずっと一人です。多分これからもずっと…」
私は頭を殴られたような衝撃を覚えた。
先輩も、実は私と一緒で寂しいだろうか。
「小さい頃、普通の人は霊が見えないって分からなかったんですよ。見えたものをそのまま言ったら嘘つきだの、気持ち悪いって言われてしまいました。本当だって言えば言う程嘘だって責められて…。小学校に入るといじめが酷くなって、両親が見かねてこの町に転校してきたんです。それからは、なるべく人と話さないように、関わらないようにしています」
先輩は淡々と話すが、内容は辛かった。
生切先輩は悩みごとなんて無い孤高の一匹狼ではないのだ。悩みぬいた末に、仮面をかぶって一人で生きている。
先輩を励ますような気の利いた言葉を言いたかったが、何も思い浮かばず、幽くんを覗くように見た。
おしゃべりな彼なら何か言うかと思ったが、何故か怒ったような顔をしているだけだ。
「暗い話をしてごめんなさい。神社には幽がいないんですよ。だから今はとってもリラックスしているんです」
「…そうなんですか。…あれ?でも、霊が入れないなら何で幽くんここにいるの?」
私の疑問に、幽くんは当然のように答えた。
「邪悪じゃねぇからだろ。俺を悪い幽霊みたいに言うなよ!」
「いや、でも幽霊じゃん!」
「幽霊というより、俺は神に近いのかも知れんな…流石、俺!」
「冗談止めてよ。お祓いして祓ってもらうんだからね!今日、更衣室で目を開けていたことは絶対に許さないんだから!」
「うるせぇな。あんな小娘たちの下着なんか見たって何とも思わないって言っただろ」
「私が嫌なの!」
「あはは、小野さんと幽くん、また仲良くなったみたいだ」
「なっていません!」 「なってねぇ!」
幽くんと私の声が被り、先輩はまた笑う。
「僕は幽さんが居なくなるのは寂しいけどね」
部活中もうるさかった。幽くんと平日の授業中も一緒なんて絶対嫌、というか、無理。
幽くんは私が傷つくことばかりズバズバ言うし、これ以上一緒に居たら近々こちらのメンタルがやられてしまう。
「私は寂しくありません!お祓いします!」
私は確固たる意志を宣言した。
「俺だってお前みたいな小娘、願い下げだっていっているだろ」
ああ、むかつく!
「二人とも言い争いはその辺で」
幽くんはそっぽを向き、その横顔をみるとまた怒りが湧いたが、これ以上話すことは無い。
「あの…。その…。お祓いってどうすれば良いのですか?」
「あそこのお守りが売っている売店の人に聞いたら良いと思うよ。僕は向こうのベンチで単語帳の続きをやって待っているよ。このあと塾で英語のテストがあるんだ」
受験を控えている中学校三年生は、勉強が大変なのだろう。
「は、はい」
無人の売店所には、「御用の方はこちらを」と、ベルがあった。押すと、お母さんくらいの年の巫女さんが一人顔を出してくれた。
「えっと…。お祓いしてほしいのですが」
私は勢いのまま巫女さんに聞くと、巫女さんはふっと笑った。笑われて、私の勢いはしおれていく。
先輩にお祓いというものを聞いてきたものの、どうやって申し込むのかなど知らない。
もしかしたら自分はとんでもない非常識なことをしているのではないだろうか。
「次のご祈祷は二時からです。こちらの用紙に記入を願いします」
渡された用紙を見ながら、常備されていたペンを握った。
氏名、住所、年齢、ご祈祷内容…?
家内安全、交通安全、合格祈願、学業成就、商売繁盛、安産祈願…?
迷いながら厄払いに丸を囲んで差し出した。
「くは。コヒナ、厄払いって言うのは厄年に祓うものだ。女の厄年は一番若くて十九歳」
幽くんは記憶喪失のくせに、常識のようなものは忘れていないらしい。
私は巫女さんに笑われるか不安だったが、特に何も言わず受理してくれた。
「初穂料の五千円をお納めください」
「ご、五千円…?」
私は祈祷というものにお金がかかることを知らなかった。
「えっと…す、すいません。あの…やっぱりやめます」
顔から火が出る程恥ずかしかったが、五千円も持ち合わせていないので仕方ない。
「どうしたの?」
巫女さんの後ろから白衣に眼鏡をかけた優しそうなおじさんが声をかけてきてくれた。平安時代から飛び出たような衣装が様になっている。
「お、こいつがこの神社の神主だな。祈祷するなら多分この男がするんだろ」
幽くんはとりあえず無視だ。
「何か悩み事があって祈祷したかったのかな?」
私は頷くと、神主さんは優しく微笑んでくれた。
「お前、俺のことを祓えるか聞いてみろよ。たぶんこの男、見えてねぇぞ。三流だろ」
優しそうな神主さんの悪口を耳元で言うのはやめて欲しい。
「ちょ、黙ってよぉ」
私は幽くんに言ったが、巫女さんと神主さんは目を丸くして私を見た。
やってしまった…。
「…悩んでいるみたいだね」
神主さんの声は優しかった。
「祈祷は今度親御さんと来なさい。お賽銭を入れてお参りするだけで気分が晴れますよ」
私は確かに子どもだけど、中学生だ。まるで幼稚園生の子どもを諭すような言い方に恥ずかしさを覚えた。
「…はい」
私は絶望的な気分のまま、よたよたとベンチに座る先輩のところへ戻って行った。
「早かったね。申し込めた?」
先輩が単語帳から顔を上げた。
「お祓いするのにお金がかかるなんて知りませんでした。高くて、私の所持金からはとても払えません…」
「え?そうなの?いくら?」
「五千円です」
「貸そうか?」
先輩は容姿端麗なだけではなくお金持ちだ。普通の中学生に五千円を躊躇なく貸す発想などは無いだろう。
「いえ、悪いのでいいです。その、お祓いは諦めます。神主さん、幽くんのこと見えて無かったと思うし、きっと無駄」
「…そうかな。僕はあの人、見える人だと思うけど」
「そうだとは思いません」
私は肩を落として先輩の横に座った。
「私どうしたら良いのでしょうか。月曜日からはまた学校なのに、幽くんが居る中で授業なんて受けられる気がしません」
「あのなぁ。俺様がお前ごときと話してやるなんて光栄なことだぞ」
「話って…私のこと悪く言うばかりじゃない。光栄なんて思う訳ない」
「何だと!」
「ひゃあ!耳元で叫ばないでって何度も言っているでしょ?」
「あはは。本当に二人は仲良しだねぇ」
薄々気が付いてはいたが、先輩は私たちを見て楽しんでいる。
「僕は兄弟いないから分からないけど、兄弟ってこんな感じなのかな?」
私も一人っ子だ。友達から兄弟の話を聞くたびに、ずっと優しい兄や姉が居れば良いなと思っていた。間違ってもこんな幽霊じゃない。
「お祓い以外でお祓いする方法なのだけど、お墓参りも利くらしいよ。昔、たっちゃんが教えてくれたのを昨日、二人が帰った後に思い出したんだ」
だから、たっちゃんって誰ですか…。
「幽くんのお墓なんて知りません…」
「小野さんのご先祖様のお墓参りでも良いよ。ご先祖様が守ってくれる」
「それじゃあ、今から行きます…」
効果は半信半疑どころか、ゼロ信百疑だ。
でも、この喧しい幽霊とお別れできる可能性が少しでもあるなら、できることは全てやりたい。お墓までの交通費はかかるが、お祓いよりかはずっと安く済む。
「お墓は近いの?」
「ええっと、祖父母の家の近くだから、ここから電車とバスで一時間かな。電車の乗り継ぎが上手くいかないと一時間半くらいかかるかも」
いつもお墓参りは車で連れて行ってもらうので行くのが大変とは思ったことは無かったが、自力で行くとなると距離があり大変だ。
「それは遠いよ。明日にした方が良い」
「え?何でですか?」
この後特に予定は無いので、私は今直ぐに行きたい。
「お墓には午前中に行った方が良い。今から急げば夕方前に着くだろうけど、万が一夕方に着いたら大変だよ。夕方から夜のお墓には行かない方が良い。絶対に」
先輩の説明は不明瞭だったが、私は素直に頷いた。
行ってはいけないという理由が知りたいが、聞くのが怖い。たぶん幽霊でもいるのだろう。何はともあれ、これ以上変なモノに憑りつかれるのは嫌だ。
「…明日行きます」
「うん。そうした方が良いよ。幽さんの無念を晴らせてあげて成仏させてあげるのが一番なのだけどね…」
「無理ですよ。記憶喪失の幽くんの無念なんて、わかるはずないじゃないですか」
「そうだけど、なにかきっかけがあれば思い出すんじゃないかなって思うんだ」
先輩は鞄から太い参考書を出して私に渡してくれた。
「これ、僕の歴史の参考書」
手渡された参考書はずっしりと重く、厚みは十センチ以上あった。
一目で読み込まれているのが分かる本は、ぱらぱらと捲ると蛍光ペンでマークが何本も入っており書き込みもある。
書き込まれた文字は、男子とは思えないとても丁寧で綺麗な字だった。付箋が張られていて、開くと「江戸時代」だ。
「ほーう」
幽くんが感心したように覗き込んだ。
「コヒナの本よりずっと内容が濃そうだな。それに色男の字はコヒナのまるっこい汚い字と違って美しい良い字だ」
「有り難うございます。読み込んでいる本で恥ずかしいけど参考になるかなって。スマホで検索するにも、全体感が分からないと検索も大変だろから、本があった方が良いかなって思ったんです。中学一年だと、小野さんはこういう本も持っていないだろうし…。あの…おせっかいでしたか?」
「いや、読ませてもらうぞ」
幽くんが偉そうに応えた。
参考書を膝の上で開いたままにしておくと、真剣な表情で覗き込み読み始めた。
「三年生になると、こんなに細かいところまで憶えるんですか?」
「ううん。僕は歴史が好きだから詳しい本を持って覚えているだけ。その本は高校生向けだから特に詳しいんだ。安心して」
先輩は颯爽と立ち上がった。
「これから塾で明日の午前中は模試。お墓参りにも付いて行ってあげたいのだけど…」
「大丈夫です。私のご先祖様のお墓なんで、自分で行けますから…」
「今日は塾が早く終わるから、そのあと幽さんが誰なのか調べてみる」
生切先輩は本当に幽くんを歴史上の人物と思っている様で不思議でならない。
手がかりはほぼ無いのに、どう調べるとのだろう。
幽くんが生切先輩のことを「天然」と言っていたっけ…。先輩は人がいうことをそのまま素直に受け取るように思う。
「幽くんはそんな凄い人じゃないと思います。こんな子供っぽい人います?」
幽くんは本に集中しており、私たちの会話に反応しなかった。
「うーん。ちょっと話が変わるけど、小野さんは、自分が死んで幽霊になったら、どういう姿をしていると思う?」
「…え?」
思いもよらない質問に私は首をひねった。
「亡くなった時の姿…かな」
「そうだよね。でもさ、幽さんは違う。幽さんに会ってからずっと考えていたのだけど、彼みたいに意思を持って戻って来た魂は、姿にも意味があるって思うんだ。きっと十二歳頃に何か大切なことがあったんだ」
「…こんな餓鬼の頃にか?」
幽くんは広げたページは読み終わったらしく、先輩を冷たく睨んだ。
「そうです。あ、僕が言いたかったのは、今、幽さんが子供っぽいのは十二歳の子どものまま戻ったからで、成人した幽さんが子供っぽかったとは限らないってことです」
うーん、わかるような、わからないような。
「そろそろ塾に行かなと…」
行かないで助けて下さい、先輩。
私は願いを込めて見つめたが、先輩は躊躇なく立ち上がり鞄を肩にかけた。
「小野さん、多分だけどさ、大丈夫だよ」
「…え?」
「幽さんのこと。多分、大丈夫。じゃあね!」
先輩はそのまま背を向けて立ち去っていく。
その背中を見ながら、幽くんが口を開いた。
「どういう意味だ?あの天然色男くんはやっぱりわけわからん」
私も同感。
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