あの夏、僕は、君を撮った。だけじゃない、君を想ってた。

@rei3244

第1話

あの夏、僕は、君に夢中だった


 夏祭りの灯りと、夜空に響いた花火の音。

 そのすべてが今でも鮮明に蘇る。

 今、君は何をしてるだろう。



 ──どうして、人って、こんなにも不器用なんだろう。


 海沿いの遊歩道に立ち、俺は夕焼けを見ていた。

 潮風がぬるくて、鼻に少し塩の匂いが残る。

 手元の紙には、こう書かれていた。


《高校生写真コンテスト "私の夏" 募集》


 景品は豪華だった。

 【金賞】最新ミラーレスカメラ(定価15万円)

 【銀賞】地元花火大会 特等席チケット(ペア)

 【銅賞】図書カード1万円分


 ──金賞のカメラはずっと憧れていた機種だった。

 だけど、どうしても「これだ」と思える一枚が撮れない。

 風景だけじゃ物足りない。"私の夏"には、人が必要だ。

 でも誰かに「モデルになって」と言う勇気なんて、俺にはない。


 「それ、モデル探してるの?」


 突然、背後から声がした。

 振り向くと、制服姿の女子が立っていた。肩にはスーパーの袋。中にはアイスがいくつも入っていて、少し溶けかけている。


 「じゃあ、私がやってあげよっか、モデル」


 そう言って彼女は笑った。まぶしくて、どこか無防備で──惹かれるものがあった。


 「夏川 陽。なつかわよう。“夏”にぴったりでしょ?」


 「……相原。透」


 それが、俺たちの出会いだった。


 


 「ねぇ!そこの砂浜なんてどう?」


 陽に誘われて降りた夕暮れの砂浜。

 彼女は靴を脱ぎ、裸足で波打ち際へと走っていった。スカートがふわりと揺れ、波が足元をさらうたびに、「冷たっ!」と笑う。

 その姿が、眩しくて、カメラ越しに見るだけで胸が高鳴った。


 ──5枚目のシャッターで、手が止まった。

 「これだ」

 そう思った。陽が、夕陽が、波が、空気、水飛沫。

 全部が“夏”だった。


 「ねえねえ、うまく撮れた?」


 笑顔で駆け寄ってきた陽に画面を見せると、彼女は嬉しそうに言った。


 「すごいじゃん! わたし本物のモデルみたいね!」


 その笑顔があまりに自然で、俺は気づけば口にしていた。


 「あの、よかったら…また、撮らせてほしい。次は……神社とか…」


 陽はにやっと笑って、軽くうなずいた。


 「うん、いいよ。またつきあってあげる」


 きっと、このときの俺の顔は真っ赤だった。

 でも──夕陽が隠してくれていた。そう思いたい。



 それからの俺たちは、神社、カフェ、水族館、向日葵畑……いろんな場所へ出かけては、写真を撮った。

 でも、目的はもう写真じゃなかった。

 俺は、陽に会いたかった。ただ、それだけだった。


 撮った写真はもう1000枚を超えていた。

 こんなに、撮ったのは初めてだった。


 そのどれも彼女がまぶしくて、自然体で、"夏"そのもので、でもそれ以上に胸を暑くさせた。


 近所のカフェで、いちごのかき氷を食べながら、出来上がった写真を見せていると


 「ねえ、好き」


 「えっ……」


 「この写真、すごく好き! 空の色も、私の顔も、なんか良くない?」


 「……うん、いいと思う」


 「この写真、もらっていい?」


 「……全部あげるよ」

 本気だった。君になら、全部、あげたいと思った。


 


 そして、写真コンテストには、最初に撮った夕暮れの砂浜の一枚を出すことにした。


 いろんな思い出がある中で、あの一瞬だけは、たしかに“何か”が始まった気がしたから。


 


 結果は──銀賞だった。


 憧れのカメラには届かなかったけど、悔しさよりも、嬉しさが勝っていた。

 銀賞の副賞は、地元の花火大会・特等席チケット(ペア)。


 理由は明白だった陽を誘う口実が出来た。

 真っ先にそう思った。


 「コンテスト、銀賞獲れたんだ……花火大会、来週なんだけど……一緒に行かない?」


 陽は少し驚いたあと、にっこり笑ってこう言った。


 「もちろん! 浴衣着てくから、ちゃんと写真撮ってね?」


 笑顔だけで、胸がいっぱいになる。

 この“もちろん”が、写真に向けた言葉でも、俺に向けた言葉でも──もう、どっちでもよかった。


 


 当日。

 会場で陽を待ちながら、胸が苦しいくらいに高鳴っていた。

 今日、僕は陽に告白をしようと考えていた。


 やがて、人混みの中に現れた陽は──淡い水色の浴衣を着ていた。

 髪はアップにまとめられ、小さな花の飾りが揺れている。


 「……かわいい」


 思わず漏れた言葉に、陽は照れたように笑った。


 「ありがと。母に着せられたんだけどさ、どう?」


 「……すごく似合ってる」


 


 祭りの灯りの中、陽は子どもみたいにはしゃいでいた。

 「わたあめ! これ食べたい!」

 指を差して笑う姿が、本当に可愛くて、手を繋ぎたくなる。

 でも──伸ばせなかった。


 繋ぎたくて、繋げない。

 その距離が、どこまでももどかしくて、苦しかった。


 


 花火が夜空に打ち上がる。

 陽は「すごいね!」と歓声を上げ、俺の方を何度も振り返った。


 でも、その笑顔を見ながら、俺の胸は少しだけ痛んでいた。

 ──知ってしまったから。

 先ほど、陽のスマホの画面に映ったメッセージ。


 『今、駅で待ってるよ』『会えるの楽しみ』『花火の終わったら、迎え行くから』

 ──男の名前。

 ああ、そういうことか、って。全部、わかってしまった。


 


 「ねえ、一緒に撮ろうよ」

 陽がスマホを差し出してきた。

 「ほら、笑って!」


 ……笑えなかった。

 引きつった口元を精一杯動かして、シャッターが切られる。


 ──きっと、ひどい顔だったと思う。

 でも陽は、それでも楽しそうに笑ってくれた。


 


 花火が終わり、帰り道。


 会場の外で待っていたのは、彼だった。

 俺よりも背が高くて、大人びていて、何もかもが違って見えた。


 陽は「お待たせ」と手を振って、自然に隣に並んだ。

 その後ろ姿が、俺の“夏”の終わりだった。


 


 ──好きだった。


 たぶん、あの笑顔も、声も、全部。

 でも、それだけじゃ、どうしても届かない想いがあることを、俺はこの夏で知った。


 


 それでも。

 あのシャッターを切った瞬間の光は、今も胸に残ってる。


 そして、今でも思う。


 あの夏、僕は──君に夢中だった。

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