第21話 好きとお似合いは、また別の問題

「じゃあ、愛望さん。この四つ後にある百足競走、頑張ってね。応援してる。あ、出来れば、小指のは外さないで頑張ってね」


 なんで私が出る競技を把握しているんだろう? と思ったけれど。恐ろしい方向で慣れた感性が何も突っ込もうとせず「うん、ありがとう」と、言うだけだった。


 そうして私達は、それぞれのクラスに戻って行く。


 ……なかなか辛いけれど。優理ちゃんも待っているし、あそこに戻るしか選択肢はないのよね。


 私はギュッと唇を結び、グッと奥歯を噛みしめながら、自分の席がある方へと戻って行く。

 案の定、席に戻った途端に冷やかしを浴びた。でも、ウチのクラスは異常な実習を目の当たりにしていたおかげか、想像していたよりもかなり少なかった。


 良かったぁ。と、ホッとし、席に座るも……彼を好きに思う女子からの顰蹙ひんしゅくは避けられなかったみたいだ。

「マジで良かったわぁ。めぐ達、間違いなく爽華祭の伝説になるよ」

「一番身近な人が冷やかし続けないでよ」

 もう本当に辞めて。と、恥ずかしさでいっぱいになりながら、ニヤニヤと喜んでくれる優理ちゃんに訴えていた時だった。


 優理ちゃんから自分の手元に置き直したスマホが、ブブブッと唸る。

 私はすぐにスマホを一瞥し、取り入れてきた通知に目を通した。

 刹那、私の唇が硬くギュッと一文字に結ばれる。


「めぐ? どしたん?」

「ううん、ちょっと」

 トイレに行ってくるね。と、口角を無理やりあげて答えた。


 勿論、長年の付き合いがある親友は「何かあった」と分かったのだろう。でも、私はそんな心配を重ねられる前に、パッと席を飛び出した。


 そうして一人で、校舎の方に戻って行く。

 今は爽華祭の真っ最中、だから生徒や先生がこっちに来る事はほとんどない。あったとしても、手洗いで軽く戻ってくるだけだ。

 多分、いや、だからこそ彼女は私を校舎内に呼びつけたのだろう。


 私はギュッと強く握りしめ続けているスマホを胸元の方に運び、ホームボタンに軽く触れた。


 暗闇がふぉんっと灯る光に隅へと追いやられ、メッセージを現す。


『愛望ちゃん、大切な話があるの😣だからちょっとだけ、中庭に来てくれないかなぁ?🙏』

 文章にもプリッとした可愛さが弾けている。けれど、恐ろしさをどことなく秘めている様なメッセージ。


 もう一度目にすると、ジクジクと胃液が逆流してくるかの様な感覚に陥った。


 私はゴクリと唾を飲み込み、突き上げてくる不穏を必死に飲み込む。

 けれど、何も下に落ちる事はなかった。

 ただでさえ苦しい身体に、どんどんと辛苦が積み重なっていく。

 そんな苦しい状態で、中庭に辿り着いてしまった事は本当に最悪だ……ううん、違う。まだ、最悪じゃない。


 ここからだ、ここから私の最悪が始まるんだ。


 私はゴクリと唾を飲み込んで、すでに着いていたリラノちゃんとその取り巻き、二人の芸能科女子の元へと足を進める。


「ご、ごめん。待たせちゃって」

 私がおずおずと謝ると、リラノちゃんは口角をニッと上げて「ううん、大丈夫だよ」と首を振ってくれる。でも、目が全く笑っていなかった。


 マズい予感が、ドスンと重なる。


「それで、あの、大切な話って」

「その小指のリボン、私にちょうだい」

 くれるよね? と、リラノちゃんは私の言葉を遮って言った。ヒヤリと背筋を凍らせる様な冷たさが帯びている声で、有無を言わさぬ口調で。


 私は彼女がぶつけてくる威圧に、ゆっくりと息を飲んだ。

 私の右手が左手の小指に結ばれたリボンにソッと触れる……安心を得たくて、この冷たさから護って欲しくて、無意識に手が伸びてしまったのだ。


 刹那、「え、渡さないつもりなの?」と鋭い声が、彼女の口から飛ぶ。


 ズキッと痛い位の鋭い冷たさに、私の身体がビクッと竦みあがる。

 けれど、そんな私を歯牙にも掛けず、リラノちゃんは淡々と言葉を続けた。


「愛望ちゃん、言ったよね。十影君の事好きじゃないって、莉倮乃を応援してくれるって。莉倮乃の前で、ハッキリと言ったよね?」

「い。言った、けど……」

「だからそのリボンは、愛望ちゃんが持つ必要ないでしょ」

 何とか必死に言葉にして訴えようとするも、まるで聞こえていないかの様に、彼女は滾々と言葉を敷き詰めてくる。


「本当に十影君を好きな人がリボンを持った方が良いに決まってるし、愛望ちゃんにはそのリボン、似合わないよ。相応しくないって言うかさ、もっとお似合いのリボンが他にあるとしか思えないんだよね」

 ズバズバとぶつけられる言葉に、私の顔はゆっくりと下に落ち込んでいく。


 似合わない、相応しくない……確かにそうだ。私は、忍足君の横に並ぶに似合う女の子じゃない。彼の様な凄さもないし、彼の様な整った容姿でもない。

 忍足君が、幾ら「好きだ」と言ってくれても、まっすぐな想いに応えたいと思っても。彼の隣に「似合う」「似合わない」は、また別の問題なんだ。


 私はギュッと唇を噛みしめる。

 すると「だから莉倮乃が貰ってあげるのよ、愛望ちゃん」と、幾らかまろやかになった声が優しく飛んできた。


「今のままだったら、他からもそういう事を思われ続けるし、不釣り合いのままで居る愛望ちゃんが本当に可哀想だわ」

「莉倮乃、マジやさし~!」「ほら、さっさと渡しなよ」

 リラノちゃんの言葉に、取り巻き二人の応援が重なる。


 確かに言われる通りだから、ここはリボンを渡した方が良いのかもしれない……でも。


 私はキュッと決意を堅く結び、パッと顔を上げた。そして


「ごめん、リラノちゃん。出来ない」

 リラノちゃんが私にぶつけてきた言葉以上に、力強くキッパリと告げる。

 当然、向こうから「ハァ?」と苛立ちに塗れた非難が飛びかかってきた。


 けど、もう私は……逃げない!


「私も、忍足君の事が好きだから!」

 力強く宣告するや否や、私は「だからごめんなさい、リボンはあげられません!」と、バッと深々と頭を下げた。


 その時だった。「あ~、ウッザ」と彼女の口から出たとは思えない、一言が零れる。


 思いがけない声に、下がっていた頭がパッと上がった。そして私は目にしてしまう、すっかりと「可愛さ」が消えているリラノちゃんの姿を。


「クソブスが調子に乗ってんじゃねぇよ」

 良いから、さっさと渡せってば! と、リラノちゃんが声高に叫ぶや否や、取り巻きの二人組がパッと動き出した。


 私もそこでパッと動き出せば良かったのに。三人から向けられる敵意に、ガチッと竦みきってしまっていた。


 動けない! と言う焦りが身体を駆けるが、それすらも竦む自分の枷となってしまう。


 動きたくても動けない、逃げられない!

 私はギュッと目を瞑り、掴みかかる手に耐えようと気持ちを作る。けれど


「そこで、留まっておけよ」

 どこからともなく貫く声に、ハッと弾ける様に目が開く。


 するとサッと、私の前に、大きくて逞しい背中が現れた。


 私の身体を縛り付けていた強張りが一気に弛緩し、私の心を苦しめていたものがゆるゆると消えていく。


「愛望さんに、それ以上やるんだったら……幾ら女でも許さない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る