第20話 約束が果たされる、爽華祭(2)

「おおっと! あっという間にお題箱に到達したのは、Sp科一年のホープ! 忍足十影君だぁ!」

 放送席からの実況が興奮気味に、圧倒的速さを持った御仁の名を叫んだ。アナウンスの人の熱量が凄いけれど、周りも実況席の人と負けじ劣らずの歓声を上げている。


 本当に凄いなぁ、忍足君。


「強いだけじゃなくて、足も速いと来るとはねぇ。神様、忍足君に高スペック与えすぎじゃない?」

 優理ちゃんが彼の凄さに感嘆しながら突っ込んだ。


 私は「それな」と力強く頷き、彼のゴールを見守ろうと目を向ける。

 刹那、重なるはずがない、二つの視線がバチッと交錯した。


 えっ、嘘。なんで、こんな時にも目が合っちゃうの? !

 思いがけず重なった視線に、私は一気に沸騰し、バッと慌てて視線を逸らした……けれど。


「めぐ。忍足君、こっちに来てない?」

 優理ちゃんから零れたとんでもない一言に、私の視線はすぐに「えっ? !」と元に戻った。


 まっすぐ向き直った瞬間、忍足君がぐんぐんとこちらに迫る。迫ってきている!


 な、なんでぇ? ! と、内心で切羽詰まった悲鳴が飛ばされた。

 その時だった、目の前にやってきた忍足君が「愛望さん!」と、私に向かって手を差し伸べる。


「来て!」

 忍足君のお願いが飛ばされると同時に、周りの女子からは悲鳴じみた声が飛ばされ、周りの男子からは「ヒューッ!」と太いからかいが飛ばされた。


 当の本人である私は、と言うと。羞恥やら何やらが一気に押し寄せ過ぎて、オーバーヒートしてしまっていた。


「めぐ、爆発してないで行きな!」

 ほれ! と、優理ちゃんがぐいっと思いきり背を押し、固まる私を強引に立ち上がらせる。「ゆっ、優理ちゃん!」とギョッとしながら抵抗するが。前につんのめって、軽く浮いた腕をサッと掴まれた。


 そしてそのままぐいっと引っ張りあげられ、私は「わっ!」と前に飛び出てしまう。

「俺、言ったよね。決めるって!」

 忍足君は前に飛び出た私を受け止めるや否や、サッと走り出した。


 でも、スタートから一人勝ち状態だった時の速さではなくなっていて、私が一緒に走れる速さに調節されている。


 まぁとは言っても、速い! 速すぎるよ、忍足君! 


 そうして内心の悲鳴が全く止まらないまま、私は忍足君と共にゴールテープを切った。

 必死に頑張ったおかげで、ゴールは出来たけど。彼のおかげで息は絶え絶え、肩も大きく上下している。


「はい、ではゴールした忍足君のお題はぁ……な、なんと! 好きな人、です!」

 読み上げる人がニヤニヤとしながら絶叫した。


 その瞬間、私は自分が喰らったベタにギョッと強張り、周りからは大歓声が上がる。


 と言うか、大波乱が巻き起こっていた。

 そんな中、ただ一人だけ、平然と佇んでいる忍足君は「愛する人です」としれっと付け足す。

 読み上げる人からマイクを軽く奪ってそんな事を言うものだから、波乱のレベルがワンランク所かツーランクくらいドンッと突き上げられた。


 けれど、私の耳にはそんな声、まるで入ってこない。全身に貫く視線すらもシャットアウト出来ていた。


 何故かって? 

 そりゃあ、勿論、自分の世界に必死だから! 羞恥と喜びがぐちゃぐちゃに混ざった赤とピンクの世界を何とか通常の色に戻そうと、めちゃくちゃ必死だからよっ!


 現実世界に居る様で居ない私は、ぐるぐる、バタバタと自分の世界を駆け回りながら、誰に飛ばすでもない荒々しい突っ込みを張り上げた。


 すると「愛望さん、愛望さん」と、私の肩にトントンと衝撃が落ちる。


 その優しい衝撃で、ハッと我に帰ると……忍足君が「約束」と、自分の手にあった小さなリボンを差し出してきた。臙脂えんじ色を基調とし、白色のストライプが入っているリボンだ。


 私はそのリボンに「えっ!」と、大きな悲鳴を飛ばしてしまう。

「い、今? !」

「うん、今」

 ギョッとした驚きを越え、もはや慄然と言う域に達した私に対し、忍足君は平然と首肯する。


 そして泡を食うばかりの私に痺れを切らしてか、彼はサッと私の左手を取った。

 自分のリボンをくるっと結びつけ、キュッと強く結ぶ……私のに。


 小指に結ばれた濃い赤色のリボンに、血がカーッと沸騰するばかりか、パンッと世界が白飛びする感覚に陥った。


「さ、次は愛望さんの番だよ」

 約束はちゃんと守ってくれるよね? と、忍足君はいつの間にか外し、一本にしたリボンを私の手に握らせる。


 真剣しか込められていない綺麗な顔が、しっかりと二つの瞳に映った。

 そのせいで、「恥ずかしい!」と狼狽する自分がゆらりゆらりと薄れていってしまう。


 恥ずかしい、恥ずかしくてたまらないけど。こんなまっすぐな想いには、応えなくちゃ駄目だって思う。思う様になったの、忍足君がずっと側にいるから……。


「や、約束、だからね」

 羞恥を噛みしめた言い訳をしてから、自分のリボンを彼の元へと運んだ。


 そして目の前に差し出されている左手の小指に、くるりとリボンを巻き付け、キュッと結ぶ。

 不格好な赤色のリボンが、彼の小指に留まった。

 刹那、私の身体はグンッと勝手に前へ飛び出す。


「ありがとう、愛望さん。俺、今、めちゃくちゃ嬉しい」

 耳元に落とされる、甘い囁き。私の身体を強く、優しく内側に封じ込む力。


 そうして彼が囲って、護ってくれるおかげで、外の世界のものなんて私には何も届いていなかった。


 ただ、想う……二つの赤色がそれぞれの速度でゆっくりと伸びて、キュッと堅く繋がった瞬間だって。

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