第19話 心を明かす
傷だらけにした綺麗な顔を驚きで歪めた忍足君は、私の登場に「嘘だろ」と言わんばかりに動揺し始める。
そしてその動揺は私に、ではなく、私を隠した枢木先生に向いた。
「何か怪しいと思えば、やっぱり謀っていたんですか! 最低だ、横暴鬼畜教師過ぎます! ちょっとは生徒の気持ちを考えて行動してくださいよ!」
傷だらけの顔を真っ赤に腫れた手で隠しながら、必死に抗議し始める。
すると枢木先生はこれ以上無い程の笑顔になり「六限の訓練、貴様だけ倍メニューにしてやるからな」と、言い捨てて、軽やかに去ってしまった。
忍足君は、絶望的な表情で棒立ちになってしまう。
けれど、それで枢木先生が戻ってくる訳もなく、私の足が止まる訳もない事を瞬時に悟ると、慌てて動き出した。
「め、愛望さん、待って。俺、今、かなりはず」
慌てて立ち上がろうとするも、彼の足は痛みで身体を支えきれず、ぐらりと前に倒れてしまう……でも、倒れなかった。
倒れさせなかった、私が。
「ごめん、忍足君。私、忍足君に酷い事ばっかり言って、傷つける事ばかりやって」
本当にごめんね。と、ぎゅうっと彼のふらつく身体を強く抱きしめながら、心からの言葉をぶつける。
「私、全然分かってなかった。どうせ、私なんかって思って、忍足君の事をちっとも見てなかった。何一つ、大切な事を見ようとしないで逃げていただけだったの。だから本当に」
「もう謝らないでよ、愛望さん」
私の背中に優しく回る腕が、ゆっくりと私を内側に抱き寄せた。
「ちゃんと、全部分かってくれたんだろう? なら、もう良いんだよ」
良いんだ。と、耳元で優しく落とされる言葉。
私はふるふると首を振り「良くないよ」と、涙ながらに反論する。
「だって、私、酷い事ばっかりして。忍足君を」
「愛望さん。それくらいで、弱るSpは居ないよ」
忍足君はフフッと優しく笑いながら言った。そして少し身体を離して、私の目元を優しく拭う。
私はその手にしゃくり上げてから「嫌いになってないの?」と問いかけた。すると
「嫌いになんてなる訳ない」
忍足君はキッパリと打ち返し「愛望さん、俺の好きの
「まぁでも。想いが迷惑って言われた時は、流石に凹んで寝込んじゃったけど」
苦笑交じりに付け足される言葉に、私は「ご、ごめん」とばつが悪い面持ちで謝った。
「良いんだ。そう言う事を言われる時があるって分かっていたから」
「お姉ちゃんの?」
「うん。芸能科の女子が邪魔してきて、愛望さんが尻込みして退くだろうからって言うのも散々聞かされてた。勿論、そこで退く男にはなってくれるなよとも」
そ。そんな所まで、全部お見通しだったなんて。お姉ちゃん、千里眼でも持ってたの?
ふわふわの雰囲気を纏い、「めーちゃぁん!」とくっついてくる甘えん坊のお姉ちゃんからは、とても想像がつかない凄さが明かされ、私はゴクリと唾を飲み込んでしまった。
すると「だからあの女子の事は俺に任せて欲しい」と、腫れぼったい目をしていながらも、真剣さがまっすぐ伝わりすぎる眼で見つめられる。
「やっと、やっと愛望さんがこっちを向いてくれたんだ。もう誰にも邪魔はさせない」
「忍足君」
私が彼の名を呟いた瞬間、離れていた距離が再びギュッと縮まり、零になった。
「護衛対象に気を遣わせたまま歩かせるなんて真似はさせちゃいけないんだ。だから君は、堂々としていて。何があっても、後ろとか横に行かないで」
耳元で強く紡がれるお願いに、私はギュッと腕の力を強めて答えた。
「うん、分かった」
「ありがとう。でもね、愛望さん。あと二日で愛望さんに纏い付く鬱陶しいのは全部消える予定だから、そんなに気を張らなくても良いからね」
「二日?」
具体的に出された、割と直近の数字に、私は首を傾げて尋ねてしまう。
「うん、だって」
体育祭で決めるからね。と鼓膜を心地良く震わされる声で囁かれたかと思えば、チュッとリップ音が弾ける。
何があったと理解した時には、もうすでに、彼の唇は離れていた。
私はバッと頬を手で押さえ、彼を唖然とした眼差しで見つめてしまう。
……体育祭、約束の事? それとも別の事があるのかな? 嗚呼、何だろう。ううん、何を起こすつもりなんだろう?
なんて、じんわりと熱い頬を押さえながら思ったのだった。
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