第11話 忍足君に、ライバル登場……?

 一日の終わりは、遅い様で早い。今日も色々と学び、色々と疲れた一日になった……けれど。本日の日直である私は、帰りのホームルームが終わっても帰れないのだ。


 六限目に集めた現国のノートを代表者として、提出しにいかなきゃいけない。


 私は積み上げられたノートの方に足を向けると、そこにはもう一人の日直である石井悠人いしいゆうと君の姿があった。


「ごめん、石井君」

 足早に彼の元へ駆けると、彼は人当たりの良い顔をくしゃっと優しく綻ばして「良いよ」と答えてくれる。

「俺の方が席近かったから、早く来られただけだしな」

 って事で、天ヶ崎はこっちの束を持ってくれ。と、石井君はポンポンとノートを叩いた。


 彼が叩いた山は、もう片方に比べるとうんと小さい。

 私は少し目を丸めて「全然、こっち少ないじゃん」と食い下がった。

「もう少し乗せても平気だよ?」

「良いって、気にすんな」

 石井君は朗らかに答えるや否や、颯爽と自分の山を持ち上げてしまう。


 数の調整をしようと思っていたのに、出来ないままになってしまった。

 私は「ごめん、ありがとう」と眉根を下げてお礼を述べ、彼の残してくれた山に手を伸ばす……が。


「愛望さん、代わるよ」

 と、先に自分の山を奪われてしまった。


 私の胸がクッと小さく鳴ってしまうが。すぐに理性が働いてくれたおかげで「ちょっと!」と、忍足君に噛みつく。

「良いですから、そんな事しなくて!」

 私の仕事を奪わないで下さい! と、任されたノートの山を奪い返そうと手を伸ばした私。


 けれど、忍足君はサッと私の手を軽やかに避け、「職員室だろ?」と石井君を促して歩き出す。


 石井君は「お、おお」と戸惑いつつも、てくてくと歩を進めた。

 一方で私はと言うと、男子二人に任せてしまうと言う形に耐えきれず、手ぶらのまま彼等の後ろをついて行く。


「それにしてもさぁ、なんで天ヶ崎にSp科の奴が付いてる訳?」

 昨日から、ずっと気になってたんだよなぁ。と、石井君が道中の気まずさに耐えかねてか、朗らかに尋ねてくる。


「うーんとね」

「護衛実習だ」

 忍足君は私の言葉を早々に遮って、ぶっきらぼうに答えた。

 いつものまろやかな態度と柔らかい口調は、どこに行っちゃったの? って、突っ込みたくなるレベルだ。


「成程。実習で、かぁ」

 石井君、彼の冷たさを気にも留めずに朗らかに納得してる。

 優しいのか、鈍いのか。どっちなのかはよく分からないけれど、私的には「優しい」の方に一票って感じだなぁ。


 そんな事を思いながら歩いていると、石井君が「じゃあ、天ヶ崎が望んだ訳じゃないんだ?」とカラカラと笑いながら突っ込んで来る。

 私は間髪入れずに「うん」と答えた。

「望む訳ないよ。だって私、普通科だよ」

「愛望さん、前にも言ったけど。君が普通科であろうがなかろうが、俺にとっては君が」

「私達は、Spが付くような存在ではないでしょ?」

 最後まで言わせないから! とばかりに、私は彼の素早い反論をピシャリと遮って、石井君だけに向かって言葉を返す。


 これで、石井君の前で羞恥に悶える事はなくなったはず……!

 グッと内心で拳を掲げると同時に、石井君も「確かに」と頷いてくれて、自然な追い打ちをかけてくれた。


「俺等は芸能科みたいな危険とは縁がねぇから、別に護られなくても良いよなぁ」

「うん、ほんとそう」

 石井君の言葉に私もすぐに強く頷き、普通同士の結託をここぞとばかりに見せつける。


「忍足もさぁ、もっと別の人を護った方が実習になるんじゃねぇの?」

 そうそう、言ってやって! もっと、ズバッと重ねて言ってあげて!

 私はうんうんと何度も首を縦に振り、石井君の静かな援護に回った。すると


「何とも思ってない誰かを護るより、特別を護った方が身になるに決まってるだろ」

 淡々としていながらも、ジュッと身を焦す程の熱が込められた言葉を堂々と放たれる。


 私の口からは「ひあっ」と小さな悲鳴が零れ、石井君の口からは「えっ?」と驚きに染まった一言が飛び出した。そればかりか


「特別って、まさか天ヶ崎の事……?」

 なんて言う、暗示めいた台詞を吐き出させてしまう。

 折角封じた羞恥が、あっという間にバァンと弾けて、私をガッチリと捕らえた。


 最後まで言わせなかった台詞よりも、想いが伝わりすぎる言葉だもの! そりゃあ、当然こうなるわよ!


 ぐるぐると巻き付く恥ずかしさに、私はわたわたと泡を食ってしまう。

 けれど、忍足君はそんな私と違って「だったら何だ、何か悪い事でもあるのか?」と、色々な問題をお構いなしに、ズバッと言い切った。


 わああああ、もう辞めてぇぇ! こんなブスに、コイツが惚れてる? マジで? とか、優しい石井君に思われるのはしんどすぎるから辞めてぇ!


 内心で張り上げられた悲鳴に突き動かされ、私は「忍足君!」と詰め寄る。

 すると羞恥の叫びに重なる様にして、彼から言葉が飛ばされた。


「あるっちゃあるなぁ」

 石井君がハハハと苦笑交じりに答えた。忍足君の「何か悪い事でもあるのか?」と言う投げかけに対して。


 私ばかりか、ぶっきらぼうに突っ込んだ本人でさえも「は?」と呆気に取られてしまっていた。

 けれど、「あるっちゃあるって、どういう意味?」と言葉は並ぶものの、声にならない私と比べると、その驚きは幾分かマシだったらしい。


 忍足君は「どういう事だ?」と、キュッと眉根を寄せて問いかけた。


「かなり手強いライバルが出て来たから嫌だなって事だよ」

 飄々と打ち返された答えに、私の限界がバァンッと上限を超えてしまった。


 白と赤がほわほわと交ざった淡いピンク色の世界を「えっ、えっ、えっ」と慌てふためきながら右往左往してしまう。


 忍足君も、何を言うべきか分からなくなっているのか、ムッと唇を堅く横に結んでいた。

 石井君だけが、現実を生きているかの如くニコニコと笑って「思いがけぬ暴露になったわぁ」と、朗らかに言葉を継いでいる。

「けど、まぁ後悔はない暴露ってやつかな」

 石井君は忍足君に向かって、ニッと白い歯を見せて笑った。


「例え相手が忍足でも、俺、負けるつもりねぇから……天ヶ崎も」

 最後に付け足された一言が思いきり自分に向いていた事によって、理性が私をシュタッと現実に帰らせる。


「えっ。あっ、ハイ!」と慌てて答えるや否や、石井君はニマッとした笑みを私に向けて言った。

「覚悟しとけよ。俺、こっから本気で動くからさ」

 まっすぐぶつけられる宣誓に、私は「え、えっと」と口ごもってしまう。


 なんて言うべきか、分からなくなってしまった。


 きっと、彼は本気ではないだろう。多分、罰ゲームか、忍足君の対抗心とかかな? なんて思う。

 けれど、忍足君の前で「嘘だよね」と突っ込むのも酷い気がするし、私よりも忍足君がとやかく言いそうな気がする。

 それに何より、また「俺の告白も、今みたいに嘘だって思われ続けてる?」ってなりかねない。

 ……忍足君は、流石に本気だと思い知ってきている。だから忍足君から、またそんな突っ込みを貰いたくないのが正直な心だ。


 うーん。と、今に適切な言葉を考えるが。目の前は、そんな間をいつまでも待ってくれる状況じゃなかった。


「お前。俺の前で、よくそんなに堂々と啖呵を切れるな」

「あ~、俺、怖い物知らずなんだよな。そんでもって、負けず嫌いでもあるわけよ」

 なんて、バチバチッと苛烈な火花が迸っている。こっちにも、ぶつかり合った火の粉がバチッと飛んで来る程だ。


 私は慌てて「アッ! 職員室着いたよ、ドア開けるね!」と、無理やりぶつかり合う火花を途切れさせる。


 これで一時休戦かと思いきや、ノートを提出し終わり、職員室を辞去した時だった。

「天ヶ崎、これから帰り? 俺も今日部活ないからさ、一緒に帰らん?」

「無理だ。愛望さんには大事な予定がある」

 苛烈な火花がバチバチッと迸ったばかりか、二人の背後に牙をむき出しにして唸る虎と猛々しく咆哮をあげる龍の姿が見え始める。


 たった数分の間なのに、ぶつかり合いが激化しているんだけど! 嗚呼、もうどうしよう! 

 このままだと激化する一方だから、どちらかを宥めた方が良いよ。と、理性が直ぐさま方針を打ち出す。私は「そうね」と小さく頷き、忍足君の方に狙いを付けた。こっちの方が気心知れていると言うのもあるし、何だか折れやすい様な気がする。


「忍足君、勝手な事言わないで。そんな予定ないんだから」と、呆れ混じりに突っ込んだ刹那。

「あるよ、死ぬほど大切な用事が」

 忍足君が口早に噛みつき、サッと私の手を取る。私が「あ!」と思う間もなく、ぐいっと力強く引っ張られた。完璧に私の動線が、彼にガッチリと握られてしまう。


 こんな校舎内で、しかもまだ生徒がちらほら残っているって言うのに!


 身体の奥底からドンッと羞恥が突き上げ、ぶくぶくっと身体中の熱が滾っていく。

 私は「忍足君、手離して!」と声高に訴え、温もりに囚われている手を自分の方へとぐいっと引っ張った。


 私の手が引っ張った方向に微かに動く。

 けれど、こちら側には辿り着けなかった。更に強い力でギュッと抑えつけられてしまったから。

 それがまるで「逃がすか」と力強く言われているみたいで、心が淡いピンク色のヴェールにキュッと締め付けられる様にして包み込まれた。


「お、忍足君。離して」

「嫌だ」

 忍足君はキッパリと却下し、私を引っ張り続ける。


 かなり強引だし、痛いし、恥ずかしい事この上ない。けれど、気がついてしまった。もっと早く歩けるはずの彼の歩調が……段々と緩やかになっていく事に。

 

 私はクッと歯がみして、込み上げるトキメキを噛み潰したのだった。

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