第8話 現る、強襲者
「ねぇ、愛望さん。やっぱりまだ」
「大丈夫な訳ないでしょ!」
半歩後ろから飛んで来る、もう何度目か分からない愚痴をまたピシャリと叩き落とす。
「貴方が私とあんな事をして登校したら、凄まじい事になるって言ってるでしょ」
ほんと分かって。と、言わんばかりに、私はギロリと肩越しに彼を睨めつけた。
そんな私に向かって、忍足君は「君に害が向かうなら、俺が全部防ぐよ?」ときょとんと言ってのける。
嗚呼、駄目だ。モテる人って、なんでこうも自分が争いの種になるって分からないんだろう。殊、女子同士の諍いなんて、目も当てられない位の酷さとエグさがあるって言うのに。
そんな事、女子同士の戦争にあまり巻き込まれた事がない私でも分かる位だ。
どうして私でも、そんな事が分かっているのか?
なんて、そりゃあ勿論、女子友達が自然と確立させていく独特なパイプラインのおかげ。そのパイプラインをもってすれば、自分に関係無い争いであったとしても、その苛烈な内容が入ってくると言うものだからだ。
私はがっくりと肩を落として「そうした害って言うのは、忍足君に分からせる訳ないんですよ」と、ため息交じりに言う。
「好きな人には嫌われたくないから。忍足君が見てない所で、コソコソやるものなんです」
「俺はそんなものを見逃す様な奴じゃないし、愛望さん以外の女子なんてどうとも思ってないから安心して」
毅然と打ち返してきた素っ頓狂な言い分に、私の肩は更にがっくりと落ちた。
そして「なんで、これでも分からないかなぁ」と言う苛立ちを込めて、彼の方を向く……と。私は、ギョッとしてしまった。
彼が、ニヤリと言う擬音が見える位に右側の口角を上げて、私をまっすぐ見つめていたから。
「でも、これで確信したよ。やっぱり、愛望さんに護衛は必要だってね」
え……あっ! 嗚呼、しまった! やっちゃった! よくよく考えれば、こんな言い分。護衛と銘打って側に居続ける彼からすれば「本人から大義名分を与えられた」って事じゃない!
ハッとミスに気がつけた私は、直ぐさま「いりませんから!」と必死で犯したミスのカバーをしにいく。
「一般人にSpが付く必要なんて皆無です! って言うか、そもそも忍足君が私なんかに憑かなきゃ、そんな争いが起きる事もないんですよ! 平和そのものなんですから!」
一番私の平和を乱しているのは、Spって言う貴方! と、ビシッと美麗な顔を指差して力強く訴えた。
そのアンサーとして、忍足君が私に返したものは「ハハハ」とひどく乾いた笑みだけ。
もはや「大義名分を得られた今、何を言われようが関係無い」状態だ。
嗚呼、駄目だ。忍足君、手強すぎるわ。
もう私だけじゃ太刀打ち出来ないかも。と、口の中で苦々しく呟いた、その時だった。
半歩後ろに居た忍足君が、突然サッと私の前に躍り出てくる。
その次の瞬間、彼の右足がザッと一歩引き下がり、グッと左横に左手が大きく振られた。
急に何だろう? と、怪訝に思ったが。彼の手の先で、鈍色に輝くナイフを握る手を視認するや否や、その怪訝は瞬く間に恐怖へと変わった。
私はギョッと驚き、ガチッと竦んでしまったけれど。忍足君は驚く事も、恐れる事もなかった。
刃を向けてきた強襲者に向かって、サッと迅速に動き出す。相手の手首を掴んだ手を自分の方に素早く引き寄せ、腕を固めると同時に、空いていた右手を相手の肩辺りにグッと落とし込んだ。
するとカランッと握りしめられていたナイフが落ち、私の視界に体勢がぐらっと崩れた強襲者の姿が映る。
お、女? !
まさかの、女性。しかもこれは、校門をくぐった場所での強襲。つまり校舎内からやってきた不審者の攻撃と言う事だ。
私は彼に体勢を崩された女性の姿に、ギョッと目を見張ってしまうが。その女性は崩れた体制から思いきりぶんっと左足を振り上げ、忍足君の脇腹を狙った。
忍足君の横顔が、その攻撃にウッと引きつる。
けれど、そこで呆気に取られる事はなく、相手の蹴りをサッと素早く引き戻した右手でガードし、相手の軸足を掬う様に蹴りあげる。
ガツンッ、ガツンッと荒々しい音が立て続けに弾けた。それと同時に、女の両足が完全に地面から離れる。
あとは、もんどり打って彼に押さえられる運命だ……なんて思っていた、のに。女はそこからくるんっと思いきり身体を丸め、虚を蹴り上げる様にバク宙し、彼の押さえから無理やり抜け出した。
しかも、押さえられていた方の手の甲で忍足君の胸をドンッと押し出す様に叩いたばかりか、離れ際に忍足君の腹部にパンチを一発お見舞いしたのである。
並外れた運動神経を持っているだけじゃなく、どんな場面になっても崩れないで打ち込む強さ。この強襲者がただの女性ではない事を痛感した。
ビビビッと、私の身体に凄まじい衝撃と戦慄が走る……その時だった。
「まだまだ甘いな、忍足」
無理やり抜け出した腕を回しながら、女性はふんと鼻を鳴らして尊大に告げる。忍足と名指しし、彼を呆れた眼差しで見据えながら、だ。
私の口から「え?」と、怪訝が零れてしまう。けれど忍足君からは「いや」と、落ち着いた言葉が紡がれ始めた。
「ここまでやってくる相手は先生だけでしょう」
朝から随分な挨拶ですね、枢木先生。と、忍足君は淡々とした口調で、たっぷりの嫌みをぶつけた。
その嫌みったらしい言葉に、私は「えっ!」と思いきり声を飛ばしてしまう。
「枢木、先生? !」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます