第2話 奇妙な師弟関係
バタバタッ、ダァンッ!
勢いよく帰路を駆け続けた足を止め、家の中に滑り込む様にして帰った私。
そして上から「めーちゃん、お帰り~」なんて言う姉の呑気な声を聞くや否や、噛みつかんばかりの勢いでそちらに駆けた。
「お姉ちゃん!」
私の憤激と共に、ダァンッ! と、玄関の戸を開けた時と同じくらいの荒々しさが弾ける。
姉の
千愛はパックを貼り付けていながらも、その美貌が分かる顔をこちらに向け、「めーちゃん、乱暴すぎだよぉ」と唇を尖らせて不満を零した。
けど、今の私にはそんな不満、どうでも良い。て言うか、突き刺さらない。
「お姉ちゃんがゴーサイン出したって、どういう事なの!」
私はパックしている真っ白の顔にずいと近づいて、怒りをぶちまけた。
すると千愛は「えぇ?」と眉根を寄せるも、すぐに「あ~」と朗らかな顔になる。
「十影の事かぁ」
十影呼び、やはりそうだ。そういう事なのだ。
思い返す事、数十分前……私の「ごめんなさい!」が勢いよく飛ばされた直後の事である。
彼は柔らかな笑みを崩す事なく、「うん、そうだと思う」と頷いた。
意外過ぎる、落ち着いた答えに私は「え?」と驚いてしまったけれど。ここで驚くのは、まだ、早かったのだ。
「でも、良いんだ。俺にとっては、この告白は一回目って言うか、君にようやくアピールが出来る様になれたスタートみたいなものだからさ」
「……え?」
「本当は、君にずっと話しかけたかったし、君とあれやこれや色々な事をして、共に思い出を重ねていきたかったんだけど……その時の俺は、ちっとも君の隣に相応しい男じゃなかった。だから君にアピールするよりも前に、色々と鍛錬を積んできたんだ。まぁそれでもまだ相応しいとは言い切れないけど、ようやく千愛さんからのゴーサインも貰えたし」
つらつらと笑顔で紡がれ続ける言葉。だけど、なんだか不気味に聞こえ始める。
肌はぶわっと粟立っているし、心がゾワゾワとして落ち着かないのが良い証拠だ。
けど、最後の「千愛さんからのゴーサイン」と言うので、私を嫌に捕らえるものの全てから振り切れた。
「ちょ、ちょっと待って? なんで、そこで急にお姉ちゃんの名前が出てくるの?」
思いがけず、声高に突っ込んでしまう。
「あぁ。千愛さんは、俺の恋路を応援する人でもあり、君に相応しい男になるべく俺を育てた師匠の一人でもあるんだよ」
おかしな点を取り払うべく突っ込んだ問いかけに返ってきたのは、更なるおかしさだった。
あっけらかんと打ち返される時点で、おかしすぎる。
いや、もう「鞄に細長い手紙を結んだ」と言う点から、不気味なおかしさは始まっていたのだ。
平然と重なり続ける異常に、私は遂に耐えきれなくなってしまう。
だからこそバッと踵を返して、その場を立ち去ってしまった。と言うか、逃げた。
そしてダーッと帰路を爆走し、現在に至るのである。
「いつからあの人……忍足君と、繋がってたの? !」
私は鋭く尖った犬歯をむき出しにしながら詰問を続けた。
千愛は「ちーが芸能界入りたての頃だから、十四才くらいだったかなぁ」と、のほほんと答えを紡いでから、のそのそと起き上がる。
「十影はめーちゃんと同い年だからぁ、八才とかだったかなぁ」
今は高校一年生で十六才。となると、おかしな師弟関係は八年も前から築かれていたと言う事だ。
驚愕の事実に、「そんな昔からなの?」と戦慄が走ってしまう。
千愛は、そんな私を気にもせずに「そだよぉ」と朗らかに言葉を継いだ。
「十影のお父さんが、ちーと共演した女優さんのSpとして入っていてね。普段は連れてきてもらえないはずの十影が、その時、偶々連れてきてもらっていたの」
二人の出会いに、「成程」と頷く事は出来るけれど。そこから、なんでそんな可笑しな関係性が築き上げられたかが分からない。
謎だ。と思っていると、「そこに、もう一つの偶然があってね」と、千愛の嬉しそうな言葉が続く。
ふむふむ、ここで謎が晴れるのね。
「で、その偶然が十影の運命を決めたの。それから十影は「お父さんの仕事に就きたいから、見学させて」って言う事で、色々な現場に顔を出す事が出来る様になり。更に、ちーに会う度に教えを請う様になったって訳だよぉ」
千愛はパチパチと拍手を送り、自分の語りを満足げに締めくくった。
当然、私は「え? 終わり?」と突っ込んでしまう。
「とても大事な所を思いきり端折ってるわよね?」
千愛を見据えるジト目に「もう一つの偶然って何?」と言う疑問を込めて、淡々とぶつけた。
でも、千愛は光を受けてテカテカと輝く、白い顔をニタァと綻ばせて「それは、言えなぁい」と言葉を濁す。
「って言うか、ちーが言う事じゃないもぉん」
……可愛い子ぶられても、妹の私には効かないよ。
私はぶすっとした顔で千愛を睨んでしまう。
すると千愛がガバッと、私の顔に覆い被さってきた。べちょっと美容液が張り付いたばかりか、ぬるぬる・ぬめぬめとした感覚が頬を幾度も駆ける。
「そんな顔しないで、めーちゃん! 可愛い顔が台無しだよぉ!」
「ちょ、お姉ちゃん」
辞めてよ。と、べちょべちょにくっついてくる姉の肩を力いっぱい押し出し、べいっと剥がした。
千愛は「ああ、離れちゃったぁ」と残念そうに唇を尖らせる。一度くっついたらなかなか離れないから、私としては早々に引っぺがせて嬉しいばかりだ。
私がぬめぬめとした美容液を指先で乱暴に拭っていると、「めーちゃん」と呼びかけられる。
「その偶然はちーより十影に聞いた方が良いし、十影は悪い人じゃないよ。良い男だって、ちーが保障出来る様になったもん」
千愛はキッパリと告げた。
芸能界と言う過酷な世界で色んな人と関わり、見て来ているからか。ハッキリとこう言うと、その言葉に重みと真実味がかなり増す。
私は、ギュッと唇を真一文字に結んだ。
すると千愛は「戸惑うよねぇ、そうだよねぇ」と、ニコニコしながら言葉を述べだす。
「でも、めーちゃん。こんな所で戸惑うのは甘いってもんだよ」
なんだか不穏が纏いすぎている言葉に、私の口は「え」と開いてしまった。
千愛はそんな私の惑いを歯牙にも掛けず、フフッと嬉しそうに口元を綻ばせる。
「外堀から埋めていくタイプって、本気で落としにかかっていくから」
十影の本気はヤバいよぉ。と、私の
私の背筋に、フツと汗玉一つが体表に現れる。それは耐えると言う事をせずに、ストンッと背筋をなぞった。
私はゾワッとした嫌な心地に、身震いしてしまう。
千愛の笑みが、益々嬉しそうに広がった。
「上手く行くと良いねぇ」
私か、忍足君か。どちらにかけたのかよく分からない言葉を貰う。
私はふうと息を吐き出し、ざわついている自分を宥めてから言った。
「私はブスの通行人Aに過ぎないから、Sp科の人となんてどうにもならないよ」
「ああっ、またそんな事言う! 幾らめーちゃん自身でも、ちーの可愛い妹を侮辱するなんて許さないよ!」
ガバッと抱きついてくる気配を察知し、私は飛びかかる千愛を華麗にサッと躱してからいそいそと自室に戻る。
そうだ、私と忍足君は何もならない。だって、私は彼に護ってもらう様な人じゃないから。
私はただの一般人、イケメンな彼とはまるで釣り合わないブスな女の子。
自分の心で毅然と結んだ真実に、うんうんと力強く頷いてから、自室の扉をパタンと閉めたのだった。
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