辺境の村で静かに暮らしたいのに、スキルがチートすぎて国に狙われています

Novaria

【プロローグ】


 風がやさしく草をなでる音だけが、辺境の村リエンを包んでいた。


 ユウ=グレイは畑の端にしゃがみ込み、芽吹いたばかりのじゃがいもの葉を見つめていた。

「……順調、だな」

 静かに独りごちる声は、鳥のさえずりと混じってすぐに風に溶けていく。


 ユウは、この村で農民として生きている。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 だが──本当は違う。

 彼が持つスキル、《世界樹の加護》は、存在そのものが王国の機密に触れるほどのチート能力だった。


 触れた土壌を肥沃にし、生命力を宿した水を生み出し、枯れた森を蘇らせる。

 その力は“神域”に近く、使いようによっては一国の繁栄すら可能だとされている。


 ……けれど、ユウはその力を隠していた。


 誰にも言わず、ただ平穏を求めて、作物を育て、羊を追い、日々の暮らしを営んでいた。


「魔物だ!」


 突如として、村の奥から怒声が響いた。


 ユウは立ち上がると、畑の道具を放り出し、走り出した。


 村の広場には、一匹のオオカミ型の魔物が暴れていた。

 その前に、剣を構えた一人の少女が立ちふさがっている。


 金髪に白い鎧。整った顔立ちと、鋭い視線。

 騎士──いや、元騎士か。

 ユウは、彼女が旅人として数日前に村へやってきたことを思い出す。


「手伝うぞ!」


「来ないで! 私一人で倒せる!」


 少女は叫ぶと同時に、雷のような剣閃を放った。

 魔物の身体が一閃にして裂かれ、灰となって風に散る。


 広場は、静けさを取り戻した。


 ユウはただ、その少女──フィーネの背中を見つめていた。


 自分の力を隠したまま、平穏に生きようとしていた彼の運命が、

 この日を境に、少しずつずれていくことになるとは知らずに──。

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