ほんぶん③

 校内はどこも賑やか。夏休みの間も部活動が盛んで、活動の少ない文化部や帰宅部でない限り、ほとんどの生徒が毎日のように登校している。


「おはよーっ!」


 後ろからやって来た女の子に声をかけられ、立ち止まって返事をする。


「おはよう、美月」

「ねえ、さっき渡辺くんと松田くんと一緒にいなかった?」


 すらっと背の高い、ポニーテールの女の子。 彼女は、クラスメイトで同じ部活の美月みづき


「なんか、私の悪口言ってたみたいで。シメといた」

「……あのふたりは懲りないね」


 渡辺や松田と同じく、長いつき合いの友達だ。

 美月も同じ小学校出身なのだけれど、少しでも情報が欲しかった私は、小林くんについて聞いてみることにした。


「美月は、小林くんって知ってる?」

「ええっと、同じクラスの小林くん?」

「そう、小林くん」


 美月は、顎に手を添えて考えるような素振りをする。


「挨拶くらいはしたことあるけど。小林くんって、向こうの小学校の子でしょ?」

「そうだけど」

「それなら、向こうの小学校の子に聞けば……って、まあ、聞ければだけどね?」

「あーっ……」


 私や美月と同じ小学校出身の子達と、小林くんと同じ小学校出身の子達とは、なんとなく距離というか、壁がある。というのも、国道の東側と西側で、街の雰囲気がまったく違っているせい。


 東側はお金持ちの人たちが住んでいる街で、特に山の手の方は古くからある大きなお屋敷や、お城みたいな豪邸が並んでいる。


 逆に西側は後からできた新興住宅地で、うちみたいな建て売りの家が多く、若い夫婦が子ども連れで住んでいるところばかり。


 お互いにそれを理解しているから、自然と学校別にグループができていた。

 もちろん、気にしない子もたくさんいるけれど。


「私は、あんまり仲良い子いないな。どうしよう……」


 パッと思い浮かぶのは同じ小学校出身の馴染みある顔で、『仲が良い』といえるほどの人が見当たらない。そんな私に、美月が助け船を出してくれる。


「誰か話聞けそうな子いないか、探しておこうか?」

「ほんと? 美月、ありがとう!」

「いいの、いいの。心当たりあるから」

「忙しい時期にごめんね」

 

 おかげで、小林くんについて知ることができそうだ。

 ほっとしていると、美月が肩をポンッと叩いてくる。


「好きな人ができたんなら、全力で協力するよ!」


 ――何か勘違いしているみたい。


「……そういうのじゃないんだよね」

「えーっ、ウソウソ! だって、そうじゃなきゃ、男の子のこと知りたがったりしないでしょ?」


 たしかに、こんなに小林くんについて知りたがるなんて、私にしては珍しいかもしれないと、自分でも思ってしまうくらいだ。

 とはいえ、きっかけがあれじゃあね……。


「昨日の部活の帰りに、偶然話しをして。どんな子なのかなって、ちょっと思っただけだよ」


「そうなの? それだけ?」と聞き返されて、「うん、それだけ」と答えた。

 すると、美月はガッカリしたような顔をする。


「なーんだ。てっきり好きな人ができたんだと思ったのに。残念」

「期待させてごめんね」

「まあ、恋愛がらみじゃないかもしれないとは、ちょっとは思ったよ。ほら、そういう話ししないし。むしろ男嫌い? 男子に当たりが強いでしょ」

「うーん、弟がいて小さい頃から男子が家に入り浸りだったら。強め強めで生きていかないと、やっていけなくてね。だから、男の子は苦手じゃないんだけど」

「現実を知っているから、淡くて甘い恋愛なんて夢を見られない、ってわけね」

「まあ、そんなところかな」

「だとしても、小林くんってカッコイイし、いいと思うんだけどね」


 立ち話をしていた私と美月は、部員の子に呼ばれて音楽室へ急ぐ。

 渡辺と松田、それに美月と話してわかったことがひとつある。


 

 ――小林くんは、ちゃんと存在していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る