「ん~」


 フワフワとしていてモフモフとした、暖かい不思議なものに包まれているような感覚。

 とても心地良く、もっと深みにいきたくて、俺はそれの更に奥へ奥へと顔を埋めたところで、


「――こらっ! いつまでそうしておるつもりじゃ、この変態がっ!」


 幼さの残る女の子の大きな声でハッと目が覚めた。


「ん……ここは……俺ん家、か」


 見覚えのある机の配置に見慣れた天井。

 ここは間違いなく俺の部屋だ。


「どうした、記憶が曖昧か?」


「いや、寝ぼけてただけだ」


 そうだ、思い出してきた。

 あの直後、公園に人が集まりだしてきて、このままじゃ面倒臭いことになると判断した俺は、気絶したように眠る玉藻を家まで運んでベッドに寝かせたんだ。

 自分だけ逃げて玉藻を放っておくわけにもいかなかったから。

 そしていつの間にか俺も寝てしまったと。


「それならよい。それで、いつまでわっちの尻尾に抱きついてるつもりじゃ?」


 どうやら俺は無意識のうちに玉藻の二本の尾を抱きかかえるよにして眠っていたようだ。


「おっと、悪い悪い。あまりに触り心地がよかったからつい、な」


「ふ、変態が。ませておるの」


「変態呼ばわりは酷いだろ」


「乙女の尻尾に抱きついて涎を垂らして気持ちよさそうにして

 たんじゃ、十分変態じゃろ」


 いや、尻尾が暖かくて気持ちよくて爆睡していたのは事実だしその過程で涎を垂らしたかもしれないが、それにしてもあんまりな言われようだ。


「……まぁいったんこの話は終わりにして、今後について考えるか」


 変態という言葉から離れる為、話を別の方向に持っていく。

 今後について考えなくてはならないのは事実だしな。


「今後とな?」


「ああ、これからお前をどうするかって話だ。だけどその前に晴明だっけか? そいつとお前について詳しく話せ」


 昨日初めて会った時から、玉藻はこの晴明という名を何度か口にしていた。

 最初なんて俺を見て勘違いしていたくらいだ。

 直感だが晴明という人物を知ることが、こいつについて知るには必要不可欠なような気がする。


「そうじゃな……お前には、わっちについて話しておくべきか」


「まぁ今さら大抵のことじゃ驚かないけどな」


 何しろさっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ。

 どんな話でもある程度は飲み込める自信がある。


「その前に今一度確認したい。お前は現在が交生歴1023年で、平安はもうずっと昔、千年以上前と口にしたが、それは本当のことで間違いないのだな?」


「ああ、間違いない。【交わり生きていく】確かそんな想いでつけられたらしいぜ、交生歴ってのは。で、それが晴明ってやつと何か関係あるのか?」


「ふ、ふふ、交わり生きていくか」


 玉藻は自嘲気味に笑った。


「どうしたんだ?」


「いやな、あまりにおかしくてな。わっち達の戦いは何だったというのか」


「戦いって?」


 さっきからどうも話が読めない。


「至明よ、晴明が誰なのかと聞いたな?」


「ああ」


「――晴明は平安590年に生まれ落ちた大陰陽師じゃ」


「待ってくれよ、何でここで千年以上前の人間の話が出てくるんだよ」


 駄目だ、ますますわからなくなった。

 平安は千年以上前の時代だ。

 なぜ、そんな時代に生まれた人物と俺を間違えるというのか。


「過去、この世界が異界と繋がったのは知ってるじゃろ?」


「ああ、千年以上前の話だけどな」


「当時、世界がごっちゃになってから、あちら側の者と、こちら側の者で争いが起こった。それはそれは大きな戦じゃ」


 当然知っている。

 その争いの結果、俺達は共存の道を選び、そして今のこの世界になったんだ。


「しかしな、あちら側の魔力という忌まわしき力と、魔物という未知の生物、亜人と呼ばれる驚異的な身体能力を持つ者達によって、こちら側は劣勢気味じゃった」


 それは初耳だ。

 争いが起きたことは知っているが、どちらが有利に戦を進めていたかなんて知る由もない。

 何せもうずっと昔の話なのだから。


「そこでこちら側の人間達が泣きついてきたのが、わっちら【妖怪】じゃ」


「――は?」


 何を言い出すかと思えば、ごく自然に妖怪とかいう想像上の怪物の名前が出てきた。


「それでわっちら妖怪と陰陽師である晴明は共にあちら側と戦ったというわけじゃ」


「待て待て待て! いろいろ聞きたいことはあるが、まず一つ。妖怪って何を言ってるんだお前は? あんなの現実には存在しない想像上の生物だろ?」


 当たり前のように話を進めようとする玉藻を制止する。

 妖怪なんていうのは漫画や都市伝説の中だけの存在だ。


「はて、今は妖怪はいないのか?」


「いや、亜人とか魔物はいるけど妖怪って言われるとな……」


「わっちからすれば、その亜人や魔物の方が余程異形に映るが」


 確かに魔物や亜人も人間とはかけ離れた姿をしているのが多いが、それでも妖怪って言われるとまた別枠の生物って感じがする。


「あともう一つ。さっきから何でお前は千年以上前の話をしてるっていうのに、まるで自分がその場にいたみたいな話し方をしているんだ?」


「いや、実際いたからじゃが?」


「は? だってお前は今千年以上前の話をしてるんだろ? 何でその時代にお前がいるんだよ?」


 意味がわからない。

 そんな昔から現代まで生き長らえることなんて出来るわけがない。


「実はそこら辺がわっちも記憶が曖昧でな。おそらく、わっちは何らかの事態が起きて封印されていたようじゃな。昨夜、たまたま雷がわっちを封じていた石に落ちて解放されたんじゃ。で、いきなりあの大男に追われて逃げるハメになってな」


「…………マジかよ」


「マジじゃ。わっちもまさか千年以上経っているとは思わなんだが」


 簡単には信じ難い話ではある。

 が、昨日起きたことを考えると嘘とは思えないような気もする。

 体の傷が回復した時も魔法を使っている風には見えなかったし、そもそも尻尾が二本ある種族なんていたか?

 まぁそこは俺自身亜人に詳しいわけではないから何とも言えないが。

 それにこれが一番の理由だが、俺は玉藻が嘘をついているようには思えないのだ。

 玉藻に感じた不思議な感覚も到底口で説明できるようなものでもないし。


「……まぁとりあえずお前の話を信じるとして、俺と晴明ってのはそんなに似てるのか?」


「ああ、そのことじゃがな。お前は晴明の――」


「お兄ちゃん! 可愛い妹が起こしにきたよ――――え?」


「あ?」


 話の最中、突然なんの気配もなく勢いよく部屋のドアが開くと、そこにはツインテールの女が立っていた。

 ……俺の妹だった。


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