第4話 子どもたちの声が、法律になる?

文部科学省の会議室は、広くて、静かだった。

大臣用の椅子に座っているのは、私──朝倉 翠、12歳。

でも正直、何をどうすればいいのか、まだ全然わかっていない。



「大臣。今週の省内会議では、“次年度学習指導要領改訂の意見聴取”が議題になります」


補佐官の坂井さんが、淡々と説明してくれる。

でも、その言葉の意味は……正直、7割くらいわからない。


「つまり、“何をどう教えるか”を、見直す話ってことですよね?」


「そうです。今までは専門家や教育委員会を中心に意見が集められていましたが……」


「子どもからの声は、聞かないんですか?」


私の問いに、坂井さんの手がぴたりと止まった。


「……基本的には、“教育を受ける側”の立場からの意見は、正式には反映されていませんでした」


「だったら、それ変えられますか?」


「大臣の提案として、省内審議に出すことは可能です。

 ただし、形式や手続きは厳格に定められています。十分な準備が必要です」



その日、私は執務室に戻って、自分のSNSアカウントを開いた。

すでに“#小学生大臣”というタグが勝手について回っていて、変なイラストやコラ画像まで出回っていた。

(やっぱり、ちょっと目立ちすぎてる……)

でも、そのなかに──ふと、目を引く投稿があった。


「テストの点数ばかりで、自分がダメな人間に思える」

「授業中、発言すると笑われる。だから何も言わなくなる」

「先生も忙しそうで、話すタイミングがない」


全部、私が経験したことがある気持ちだった。

思い出すだけで、胸の奥がちくりと痛んだ。



その夜、私は家でノートを開き、「子ども提案制度(仮)」というタイトルを書いた。

“学習内容の改善に、子どもたち自身の声を届ける仕組み”──それが私の考えたアイデアだった。

次の日、私は省内の会議でこう言った。


「子ども自身が、“どう学びたいか”を話す場が必要だと思います。

 大人にとっての“教育の正しさ”と、子どもにとっての“学びやすさ”が、ずれていることがあるからです」


会議室が、一瞬、しんと静まった。

重たい空気の中で、誰かがつぶやいた。


「……しかし、子どもの意見は感情的すぎて、制度設計には不向きでは?」


その言葉に、私は思わず言い返していた。


「じゃあ、大人の意見は、いつも正しいんですか?」


私は震えていた。怒っていたわけじゃない。

ただ、怖かった。でも、言わなきゃって思った。


「子どもが“ちゃんと考えてる”って、信じてみてください。

 完璧じゃないけど、わたしも、みんなも、本気で生きてるから」



紙をめくる音も、キーボードを叩く指も、全員の動きが一瞬だけ止まった気がした。

そして──


「……いや、それは感情論だ」


と、ある年配の委員が小さくつぶやいた。

その声には、かすかなため息と、“子どもには無理だよ”という色がにじんでいた。

けれどその隣で、別の若い職員がメモを取りながら、小さくうなずいたのが見えた。

彼は私のほうをちらりと見て、口元を引き結んでいた。何かをこらえているような顔。

さらに奥の列では、一人の女性が、少し顔を上げて私にまっすぐ目を向けていた。

その人の視線は、責めるでもなく、笑うでもなく、ただ「聞いている」目だった。

私はその目を見て、ほんの少しだけ、落ち着きを取り戻した。

大人たちの反応は、バラバラだった。

でも──“完全に無視されているわけじゃない”。

それだけでも、少し救われた。



そのあと、会議は“継続審議”ということになった。

すぐには動かないけど、「ゼロ回答」じゃない。

これは、たぶん、小さな一歩。

部屋を出たあと、坂井さんがぽつりと言った。


「……本当に、子どもにしか言えない言葉ってあるんですね」


私はうれしかった。けれど同時に、ふと不安もわいてきた。

(大人たちが、わかってくれなかったら……どうしよう?)

けど、そこに答えはなかった。

ただ一つ、わかっていたのは、



🧠 学びのヒント

「教育って、誰のためにあるんだろう?」

誰かが決めた“正しいやり方”が、自分にとってつらいとき。

そこには、声をあげる意味があります。

🌱あなたなら、どんな“学びの場”があったらいいと思いますか?

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